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コマンドプロンプトの1行ベンチマーク
2018年 03月 11日
先の1行FizzBuzzを反復実行して、所要時間から処理速度を判別しようとしたら、老化脳では「どのくらい?」という程度感覚が掴めなかった。
(また、処理出力をNULリダイレクトで隠してしまえばいいが、表示させてしまうと、100行×1000試行=10万行の彼方に開始時刻が流れ去っていて確認に困った)

なので、一行FizzBuzzの反復試行ルーチンのさらに前後に手を入れて、開始時間を表示し→計算反復の実行→終了時間を表示し所要時間を表示する。ように書き加えてみた。
(例によって後で再度使い回す場合のために、備忘録として記録)

説明文を簡便化するために、実行する本体を仮に FIZZBUZZとおこう(代入だね)。

実行土台となる CMD.EXE は、スイッチ /v:on で遅延変数展開ONでコマンドプロンプトを起動しておく。
(現在時刻変数 time の一行内の時間差から、所要時間を算出するのだから、これは必須。)
このところ、砂場遊びでは次の一行をコマンドプロンプト起動直後に入れるのがルーチン化している。(自動でこうなるようにできるが、それは禁じ手=職場PCなので)

color F0&cmd/v:on/k prompt $g ^&title SandBox

FIZZBUZZの1,000回実行コードはこんな感じ。

for /L %z in (1,1,1000) do FIZZBUZZ
これを画面に表示させずNULへ流すには、括弧で括ってリダイレクトアウト。
(for /L %z in (1,1,1000) do FIZZBUZZ)>nul

この前に現在時刻を取得し、深夜0時からのミリ秒数計算のコードをおく。(バッチ内でない限り、set/a で代入するための計算結果はコンソール表示されてしまうので、まとまるように書く)

バッチ出力を最低限の改行で済ませるために、コードは set/p&nul="改行なし表示出力" の形式を多用。
投稿ボックス内で自動改行されると空白などが分かりにくいから横長表示で。
(ついでにマウスオン解説表示も多用)
この上には表示や計算結果や解説が表示されます。
set/p&nul=start=%tilme%[
start= 01:23:45.67[5025670]
set/p&nul=start=%tilme%[
&set stime=%time%
変数 stime(=start time) に時刻を代入(※実のところ1行処理なら無用=後で解説)
set stime=%time%
&set/a start
変数 start にミリ秒変換した開始時刻を代入(表示もされる)
set/a start
=1000*(!stime:~0,2!*3600+(1!stime:~3;2!-100)60+(1!stime:~6,2!-100)
start= 01:23:45.67[5025670] "時刻文字列"を秒数に
!stime:~0,2!*3600+(1!stime:~3;2!-100)60+(1!stime:~6,2!-100)
)+1!stime:~-2!0-1000
start= 01:23:45.67[5025670]
+1!stime:~-2!0-1000
&echo.]
start= 01:23:45.67[5025670]
echo.]
&

後半もほとんど同じコードですね。
この上には表示や計算結果や解説が表示されます。
&set etime=!time!
変数 etime(=end time) に時刻を代入完了「直後」の時刻
set etime=!time!
&set/p&nul=end=!etime![
start= 02:08:45.67[7725670] average=270ms
set/p&nul=end=!etime![
&set/a end
変数 end にミリ秒変換した処理完了時刻を代入(表示もされる)
set/a end
=1000*(!etime:~0,2!*3600+(1!etime:~3;2!-100)60+(1!etime:~6,2!-100)
end= 02:08:45.67[[7725670] average=270ms "時刻文字列"を秒数に
!etime:~0,2!*3600+(1!etime:~3;2!-100)60+(1!etime:~6,2!-100)
)+1!etime:~-2!0-1000
end= 02:08:45.67[7725670] average=270ms
+1!etime:~-2!0-1000
&set/p&nul=] average=
end= 02:08:45.67[7725670] average=270ms
set/p&nul=] average=
&anp;set/a ltime=(!end!-!start!)/1000
end= 02:08:45.67[7725670] average=270ms(計算結果は改行なしで表示される)
set/a ltime=(!end!-!start!)/1000
&echo.ms
end= 02:08:45.67[7725670] average=270ms
echo.ms

あとは、前半コード+FIZZBUZZコード+後半コード のサンドイッチで出来上がり。
ということで職場で私が触れる範囲のPCやWSでベンチマークを実行してみました。(結果はmore欄で)

ですが、この投稿にまとめていて気づいたのです。
遅延変数展開下の環境では、変数参照に !変数!(遅延展開=実行時に動的変数として展開)と %変数%(時即時展開=コマンドライン改行の瞬間に一行内の変数は確定)とが、「どちらも」使えるのでした。

つまり、サンドイッチに挟まなくても、
(処理) & (終了時刻「!time!」・開始時刻「%time%」で所要計算)
みたいにすれば、より簡明な記述ができたのですね。。。。orz...

さらにループ回数を柔軟に設定できるように書き換えると、こうなります。
(実地検証でこけまして修正)
(if not defined $count set/a $count=1000)&(for /L %z in (1,1,!$count!) do FIZZBUZZ)>nul&set etime=!time!&set/p<nul=%time%-!etime!/!$count!Loop Average = &set/a ltime=(1000*(3600*!etime:~0,2!+60*(1!etime:~3,2!-100)+1!etime:~6,2!-100)+1!etime:~-2!0-1000-(1000*(3600*%time:~0,2%+60*(1%time:~3,2%-100)+1%time:~6,2%-100)+1%time:~-2%0-1000))/!$count!&echo ms
1日を跨ぐ場合には、ltime が負数になるので、86400000を加え86400000で剰余を取るなどして正数化したミリ秒数を 試行回数 $countで割る。このように扱う必要もあるけど、そこまで使うケースはおそらくない。
(if not defined $count set/a $count=1000)&(for /L %z in (1,1,!$count!) do cmd/q/v:on/c"for /L %a in (0,1,6) do for %A in (1 2 Fi 4 Bu Fi 7 8 Fi Bu 11 Fi 13 14 FizzBu) do if %a11==6%A (exit) else if %A gtr a (echo.%Azz) else set/a $=15*%a+%A&echo.")&set etime=!time!&set/p<nul=%time%-!etime!/!$count!Loop Average = &set/a ltime=((1000*(3600*!etime:~0,2!+60*(1!etime:~3,2!-100)+1!etime:~6,2!-100)+1!etime:~-2!0-1000-(1000*(3600*%time:~0,2%+60*(1%time:~3,2%-100)+1%time:~6,2%-100)+1%time:~-2%0-1000))+86400000)%86400000/!$count!&echo ms


じっこうけっか と 小さな説
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by bucmacoto | 2018-03-11 22:09 | &Tips;&code; | Trackback | Comments(1)
砂場遊び(1行FizzBuzz)/後片付け
2018年 03月 08日
砂場遊び(1行FizzBuzz)

bugmacotoとも言うべきお間抜けコードを前投稿(more欄)で晒した。Windows実機でちゃんと動くコードに直したので再掲する。
なお、ちょこっとずつ解説入れておこう。(自分でも後から可読する自信はないらしい)

まずは、最短(なんちゃってなので105までカウントアップが突っ走り)なBizzBuzz方言版

cmd/q/v:on/c "for /L %a in (0,1,6) do for %A in (1 2 i 4 u i 7 8 i u B i D E izzBu) do if %A gtr f (echo.B%Azz) else set/a $=15*%a+0x%A&echo."
142 ↑ byte
    cmdのオプション
  • /q : echo off状態で起動
  • /v:on : 変数の遅延展開を有効にした状態で起動
    バッチで SETLOCAL ENABLEEXTENSIONS 宣言下と同じ状態
  • /c : 残り全部を引用符で囲まれたパラメータ(引数)を続けると、最初と最後の引用符が外されてコマンドライン上で実行される感じになる。
    (マイクロソフトのcmd.exeの文字列を扱う実装は、ちょっとずつ状況に応じて変化する=一貫性はない感じ。
     BASIC時代から、対称性の破れみたいな実装を好んでいる感じがする。)
    遅延展開有効下での例 : 比較文字として キャレットで「|」と引用符「"」を比較
    引用符にキャレットって無効では?(なんと有効でした。むしろ \" なんて書くとエラーします)

    > if ^| gtr ^" echo !time: =0!
    20:00:00.00

    > if ^| gtr ^" echo.!time: =0!
    !time: =0!

    echoの後ろに、空白区切りとピリオド区切りとで、変数の拡張展開されたり、されずにそのまま文字列表示になったり。

次に16進アイデアを温存したままで、方言ではないFizzBuzzへの対応版
無理やりな文字列比較をして動くようになったバージョン
なお、16進コードの A~F は大文字でも小文字でもいいらしい。
さらには、引用符あっても(0x"F" と書くとそれは 15 になる)OKという実装。

cmd/q/v:on/c "for /L %a in (0,1,6) do for %A in (1 2 Fi 4 Bu Fi 7 8 Fi Bu "b" Fi "d" "e" FizzBu) do if %A gtr "f" (echo.%Azz) else set/a $=15*%a+0x%A&echo."
156 ↑ byte
    if での比較は、記号 < 数字 < 文字
    (同じ文字なら大文字が大きいが、大文字の A は小文字の b より小さいという定義 )
  • 例 :
    >if b gtr A echo
    ECHO は <ON> です。
  • set/a での変数へ代入する計算結果はバッチ内では結果は表示されないが、コマンドライン上では表示される。
    なお、改行はされない。
    (echo ではなく set/p<nul= で出力したのと同様な吐き出し方をしてる)
  • set/a $= : $は仮変数(ダミー)
    昨日の寝ぼけた式は間違いで、こちらがちゃんとしたカウントアップ。
  • &echo. : 数値は吐き出されても改行はされていない。なので空改行を入れている
    (echo だけでは 「ECHO は <ON> です。」が出るのはおなじみ)

文字比較式があんまりなので、16進数のアイデアを放棄したらむしろ短くなった。
これでかなりすっきりして、分かりやすくなった。

cmd/q/v:on/c "for /L %a in (0,1,6) do for %A in (1 2 Fi 4 Bu Fi 7 8 Fi Bu 11 Fi 13 14 FizzBu) do if %A gtr a (echo.%Azz) else set/a $=15*%a+%A&echo."
149 ↑ byte
  • >ここでは、gtr で 最小の英文字 a と文字比較している。
    より一般的にするなら、if %A geq a とすることで、変数%Aに代入された全ての文字(記号と数字以外)が処理対象となる。
    結果、else 以降は数字処理に専念となる。
  • %A=Fi : 後ろに zz で Fizz
  • %A=Bu : 後ろに zz で Buzz
  • %A=FizzBu : 後ろに zz で FizzBuzz

最後に仕上げ。

FizzBuzz問題は、1から100 という条件なので、それに対応する IF文を加える。
cmdの /c スイッチに続くのが引用符つきのパラメータの場合は、直後の空白を削っても正しく解釈されるのでそうした。

cmd/q/v:on/c"for /L %a in (0,1,6) do for %A in (1 2 Fi 4 Bu Fi 7 8 Fi Bu 11 Fi 13 14 FizzBu) do if %a11==6%A (exit) else if %A gtr a (echo.%Azz) else set/a $=15*%a+%A&echo."
173 ↑ byte
    遅延変数展開下とはいっても、%変数%の形式はしっかり有効なまま。
    (改行するまでは、展開=反映されない変数として普通の環境同様に扱われる)
  • if %a11==6%A (exit) ← これはOK
  • if %a%A==611 (exit) ← これNG
  • ※ なぜなら %a% という変数展開を優先されてしまうので 下の例では
    「%a%A」という4文字を 611 と比較する式に解釈される。
    そこで、たすき掛けにしてやるとまともに動いた。


(more欄のスクリーンショットは撤廃)→ 反復実行の前後時間から平均所要時間を算定の 1行ベンチマークテスト については次の投稿で。
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by bucmacoto | 2018-03-08 21:13 | &Tips;&code; | Trackback | Comments(0)
温故か懐古か発掘か /2
2018年 01月 11日
下に載せたのはサイドメニューのリンク整理中に見つけた、やや古い資料。
昭和の時代・・全国にコンビニが普及し始め、でも私が進学した津軽の城下町には存在せず、夜8時には普通の店は閉店し、あとは飲み屋・居酒屋くらいしか営業していなかったくらいな昔。

分類軸の日本語訳意を解釈できなくて、原語の解説見たのだけれど、やっぱり腑に落ちない。。。
power distance (strength of social hierarchy)
 社会的しがらみに強く影響されるかどうか(低いほど自由平等社会)
Uncertainty avoidance index
 保守的な慎重さを、即断即決や軽薄浮揚よりよしとする
individualism-collectivism
 自立的個人主義か、長いものには巻かれて安心か
masculinity-femininity (task orientation versus person-orientation)
 男性的(仕事志向)かフェミニン(人心地志向)か

c0062295_18454622.gif
私の脳内では、日本のサムライ文化などは3番目の要素以外は高値となる気がしてしまう。要素を限定して単純化するため3国だけ注目してみたが、封建的などの単一尺度では測りきれなかった。(連動するのではなく相反する要素が目立つ)
つまりは多面的に考えることを可能とするには、私の脳内モデルが未分化(単純)なのだろう。

短絡的に、power distance って項目が小さいほど、社会的に寛容で自由なんだって考えてはみたけれど。。
(デンマーク と イスラエル がそうなのですかねぇ。。。どちらも生活実感を知らない国だな)


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by bucmacoto | 2018-01-11 21:55 | duality | Trackback | Comments(0)
温故か懐古か発掘か
2018年 01月 09日
ものすごく久しぶりなバッチいぢりだったので、この一ヶ月半ほどは21世紀のWindows CMD.exe の知らなかったことを、知ることができた。
同時に知っていると思っていたことが間違いだったと思い知ったり、それとは対照的に、昔の知識や伝聞が今になって活かせたりした。

記憶にある最初のコンピュータ言語は Basic で、これはプログラミング言語であると同時に、マシン制御システムを開発することもできたらしい。
(CP/M やら UNIX などは、耳にはしても実際に目にすることはなかった。)
PC上で動き、コンパクトさと融通無碍さで、シェアをとった。
私が、成人してから購読したパコソン誌も、The をつけてその名前を冠していた。(後期には ざべ という平成風の名になったのだが)

MicroSoft社の Bill Gates氏がそのコードのかなりの部分を書いたのは間違いないらしく、その小さなコードがいかに多様に動くことのできるものかを誇っていたという。
大きな会社に成長してからも、社内の若手といかに小さなコードを書くことができるか、競う誘いをすることもあったらしい。(これは雑誌の記事からの受け売りではあるが、私は信頼性ありと思う)

Windows の前身となった MSDOSは、IBMとの共同開発であり、IBM PC(AT/PS2)はPCDOSの名で、他社への供与はMicroSoftが行った。元々のDOSコードは、他社からのライセンス供与を受けた(後に買い取りをした。IBMとの関係を隠匿していたと、開発元から訴訟もあった)ものではあったが、Gates氏の好みは反映されていたと考えるのが自然だろう。

DOS当時のデバイス制御機能は IO.SYS という名前のファイルが受け持ち、ユーザーからのコマンド入出力を担当するコマンドインタープリタは COMMAND.COM、その両者のファンクションコールを仲介するのが MSDOS.SYS という役割分担だった。
最低、この三つでシステムは起動できる設計だったが、その分(特に機器制御を担うIO.SYSで顕著)機種固有のファイルでなければ動かないものだった。またメーカーの独自色が出る設定(例えばIBM PCはフロッピー2台分のドライブ名を固定し、ハードーディスクが C: に決め打ち。対してNEC PC98は 起動ドライブ名に A: のドライブレターを割当てる)も、このファイル内にあった。

文字ベース制御のDOSから、グラフィカルな面構えのWindowsへの移行は、(当初は OS/2 という路線だったが暗礁に。そして、IBMはOS/2を最終的に完成させたものの、MSのWindowsに市場を抑えられた後の祭り)未完成品扱いを受けながらも急速に進んだ。
一般にはキャンペーン上手と開発者の囲い込みに成功した経営戦略のことばかりが言われているが、Basic も DOS も Windows も共通するのは、「ちょっと先には次の手があるよ」と自然に思えるようなからくりが込められていたから。そのように(政治的駆け引き素人な)私などは思っている。
公開されるプログラミング手続き(ファンクションコール)だけではちょっと難しいことや不可能なことが、いわゆる隠しファンクションコールのような手続きで見事に解決される仕組みを作りこんでありながら、(その後の仕様変更次第という理由かもしれないけれど)その辺りを見えそうで見えない風に焦らせるテクニックの集大成だろうかと。

うん。。そういうのって昭和の性風俗だったストリッパーの手管と共通項に思えなくもない。

全部は見えない、けれど最短の範囲で、次の手が決定できる。これは、論理を形成する上で、そして高速に処理をする上で欠かせない要件だと思う。(ちなみに、DOS時代の IO.SYS は、プリンタや高解像度モニターのドライバを内包しきれないため外部化し、それらを設定ファイル CONFIG.SYS という名のテキストファイル。この中身は set コマンドで読み込むファイル名を記述してあり、MSDOS.SYS がそれを順次読み込みながら起動する仕組みとなっていた)
事実上は決まりきっていて変更不能や変更不要に思えるものも、あえて変更することができる仕組みにした。(CONFIG.SYS の最後にある SHELL=COMMAND.COM の書き換えけで、別のフォルダやコマンドファイルを自動起動させるようにしてあった)

今回かなーり頭を悩ましたおかげか、なんとなくだがコマンド上の文字の扱いを(薄ぼんやりとだけれど)分かってきたみたいなので、自分なりの解釈を残しておこう。


ところで、完全放置だったこのブログ、メニュー欄を修正しようとして、(エキブロの)メモ帳の仕様に閉口した。
ちょっとトリッキーな書き方もあるので、【改行を<br>にする】を外して書いたのだけど、保存するたびに(それがほんの1文字でも。。。いやいや開いてそのまま保存し閉じただけでも)一定のルールのあちら解釈で処理される。
その結果、<br/> と書いたタグは全て <br> 化され、次の処理ではキレーに改行が消え去ってしまうという謎な動作仕様 149.png
その時には同時に &emsp; のような文字実体参照記述も、実体文字へと強制置換される。(一見分かりやすげに見えて結構困る=ソース見ても本当のいわゆる半角空白なのかどうかわからないから修正しようが無くなる)
挙句、両横に空白を伴った" &nbsp; " は、→ ・・・(ry

なんだかなぁ。。。初心者ユーザに優しいのはいいし無茶記述を潜り込ませないという思想もよろしいのだけれど、でたらめに書き変わっちゃいけないでしょー。(嘘はよくないよー。)
まあ、そのおかげで(〜<br/> を排除して <div> 〜 </div> にするため)、macのテキストエディットやメモ帳の 文字検索機能と置換機能を知ることができたから、今回は怪我の功名とも言えるのですけど。
もうこれって、おそらくたぶん、【仕様】になってるんだろうなぁ。。。

で、その置換機能に頼らず直打ちした文字でかなりタグが壊れてしまったのですが、最も分かりにくくて思わず一時間以上探求して解明したのが(Windowsの等幅フォントでは一目瞭然なんだけど、macはオシャレな字面なのでね・・・)、 ” と " との誤入力でした。
" です。
"" です。(大事なことなので三回書きました w)


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by bucmacoto | 2018-01-09 01:25 | quote/data | Trackback | Comments(0)
放射線防護の基礎
2011年 03月 28日
昨夏の終盤 ── 夜半をしばらく過ぎるとオリオンが東の水平線から昇る頃 ── 8月も暮れる頃に、なんだか緩み気分というか投げやり気分が優位となって、過剰入力・過小出力状態に陥っている。
情報入出力も接種栄養も、どちらもだ。

情報は、処理されてこそ生きる = 適切な情報処理があってこそ、理解され生かされる

ところが情報を操作する人が介在すると、有用な情報はガラクタに埋もれ、適切な警鐘が大袈裟と言われ、さほどでもない事柄が情動をてこに喧伝されることがある。

情報操作はいけない、適切な処理は必要。

それはしごく当然なこと。
そしてその当たり前のことを、忘れたり、忘れさせたり、という性向をもつ人間が直近の上司などにいるととても消耗するものだ。


さて、放射線の基礎知識はここしばらくの報道量の増加で、ほとんど常識に近いまで断片的な知識は普及したようにも思える。
と、同時に、あまり理解してないままに伝達(報道)していると感じられることもある。

今回の福島第一原子力発電所事故では、地震の二日目だったか、燃料棒由来のものに対し放射性物質という語を用いているのに対し、ちょっと 「ぉぃぉぃ(むかっ)」 っとしたのを憶えている。
原子炉周囲では通常の健全な運転であっても、核燃料が完全に封入されたままであっても、二次的な放射能というのは発生する。それは、中性子によって周辺のあらゆる物質(冷却用の配管や冷却水にいたるまで)わずかに放射化 ── 安定な同位体が 放射線を出すタイプの同位体に変化すること ── するからだ。
そのような二次的な放射性物質と、核燃料由来の物質とを混同させる表現に思えたから、眉間のしわが増えたのだ。 > 核燃料由来の物質(ストロンチウムや放射性ヨードなどは、核分裂生成物)が観測された時点で、少なくともセラミック状に焼き固められた燃料棒の一部は、燃料棒を覆う被覆管の外に漏出していたと考えるのが普通だろう

原子爆弾による被爆国であり、核アレルギーといってもよい心理も存在することに配慮は必要だとしても、核分裂生成物が検出されていながらそれをかなり広い意味をもつ「放射性物質」という言葉で表現するというのはいかがなものかと思ったのだ。(まあ、わかる人にはわかるからそれでいいということなんだろうが・・・)


かつて、日本初の原子力船として開発された「むつ」は、反対運動のさなかに外洋実験を強行し、「放射線漏れ」事故を起こして最終的に実用的な航海をすることができぬままに船の寿命を終えた。
このとき、母港に寄港することすら拒否する運動が繰り広げられ、「放射線の悪影響」「風評被害」を理由に、漁民の懸念をマスコミは大量に報じたものだった。

 放射線が漏れた → その漏洩した線束部分に鉛を貼りましするなりして対策完了

本来はこの程度で充分のものだったろう。
それが放射線と放射能を混同したかのような報道をされて、あの原子力船は配船となった。
まるで、「あつものに懲りてなますを吹く」を地でいったもののように。


放射線 と 放射能とは違うということは中高生でも物理の興味が高い子であればわかると思う。
放射線というのは、一般に「あとくされがない」ものだ。(ただし中性子線は除いてだ)
放射能というのは、放射線を出す物質のことだ。(放射性物質・放射性同位元素と広くは同義)

放射線という言葉は、電離放射線(iionization radiation)を短縮した言葉と思っていい。

イオン(電離)を生じる能力のある、電磁波・粒子束をそう呼ぶ。

電磁波は、波長の長い(=周波数の低い)ものは電波と呼ばれ、人間の目に見える帯域は光(可視光)と呼ばれ、それを超える短い波長(高い周波数ほど高エネルギー)は紫外線〜エックス線・ガンマ線と呼ばれる。すべておなじく光の仲間だが、
 波長が長いほどにすり抜ける性質が目立つ = 波の性質
 波長が短いほどに衝突したり弾きとばす性質となる = 粒子の性質
というのが大まかな性質だ。

波長が長いと通信に使われ電波と呼ばれ、波長が可視光ほど短くないとマイクロ波とか遠赤外線とか呼ばれ、見えないほど短波長だと紫外線とかエックス線と呼ばれるようになるわけです。

エックス線とガンマ線との違いをさっくり書いとくと、軌道電子(原子核の周りを巡る電子)の運動変化やエネルギー準位の遷移はエックス線、原子核のエネルギーを直接放出した電磁波だとガンマ線と呼ぶ < 細かく書くときりがないからこんなもんで ^^;

さて、イオンを作る(物質を電離する)能力があるということで、電離放射線という名前なのですが、電磁波(エックス線・ガンマ線)の他に粒子線といえるものがあります。
 電子が飛び出して来ると、ベータ線
 中性子2個+陽子2個がスクラムしたヘリウム原子核が出て来ると、アルファ線
 中性子が単独で法l出されると、中性子線
  ↑これは厳密には直接的な電離作用がないものの・・・透過性が強くてかなり厄介な性質がある

これらは書き連ねると長くなるからとりあえず割愛しよう。^^;


さて、実は粒子線の中で、ベータ線はアルミ箔で遮蔽できる。透過力はそれほど低い。
そして、アルファ線に至っては、紙切れだけで遮蔽できるほど透過力がない。
接触するとか、吸引するとか、体内に取り込むと大変だが、そうでない限りはちゃんと除染(洗ったり脱衣する)さえすれば、いたずらに恐れる必要はないものともいえる。ただし、線量計がないと見えないために不安を拭えないのが困りものではある。


放射線を出す物質を放射能と呼び、放射線源と呼ぶが、放射能から身を守る三原則は
 ・距離をとる = 1mmと1mとでは、受ける線量は百万分の1になる。
 ・暴露時間を短く = 短間と線量は比例するから
 ・適切な遮蔽体を用いる
ことなのだが、病院で使われる診断用エックス線のような低いエネルギーと違って、高エネルギーなガンマ線では鉛入り防護エプロンなどは意味がない場合が多い。< むしろ皮膚の被爆線量が増加することも考えられる (調べたい人は、ビルドアップ効果 などのキーワードで調べてください)

あ、下宿の風呂の門限が近いので、とりあえずここまでとしよう。

あとは、これらのキーワードをwikipediaで調べたりすると正確なことは理解しやすい・・・かも(笑
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by bucmacoto | 2011-03-28 22:35 | particle | Trackback | Comments(2)
これは記録せねば ^^
2010年 10月 24日
小学校の頃、マンガを買った記憶がない。(2年生から小遣いはもらったが、月額200円で文房具代込みだったからゆとりがなかった)

だがマンガを読むのは大好きで、学校にあるマンガ、友人宅のマンガ、床屋で読めるマンガを読み漁っていたものだ。
(自分で購入したコミックスといえば、妹が読んでいた影響を受けてはまった、白泉社 花とゆめコミック われらはみ出しっ子シリーズ全巻 = 三原順 くらいのものだろう)

今朝見たふぉっしるブログで、科学少女という記事を見つけた。
苦手なものに興味をもつきっかけとしては、こうした萌え系もあってもよいとおもう。
私自身、100均マグカップにて書いたように、その手の本を高校生の息子に贈ったこともある。< 誕生日に(笑)

歴史嫌いだった私の子供の頃を振り返ってみても、マンガで関心をもった部分だけはあとあとまで記憶に残っていたものだ。 < まんが日本の歴史 で一冊だけもらった室町時代のころだけはちゃんと理解できていた。
人名とかの記憶に全く能力がない=暗記ものはほんとうにだめ、そんな私でも興味がある分野ならけっこう憶えることができるものだというのは実感としてある。10以下の平方根(ルート)と円周率(π)と自然対数の底(e)、くそ面白くもない暗記だって好きな分野や必要を感じられる項目ならば繰り返す気もおきるしまる覚えすることだってできるものだ。

いわゆる 「こじつけ」 ってのは、強制されたり埋め込まれたりするのはどうかと思うが、「理屈はともかく役に立つ」という自覚で記憶することはいわゆる「読み書きそろばん」と同じように有用なテクニックなのだろう。
(ひらがなの由来がわからなくとも、九九の計算を機械的暗記に頼っていようとも、それで実用的な生活習慣として合理的なら、それは迷盲たる丸暗記でもOKといえるから)

ノーベル化学賞受賞(鈴木章 根岸英一)はあったけれど、夢中で取り組むタイプの研究者が育っているかとすこしばかり心配な感はある。
いわゆる(ゆとり教育)ってお題目は、本当は(生物多様性などと同じ文意の)多様性を育み、多様性を根絶やしにしないことによって達成されるべきものだったのだろう。
つまり、「普遍性は大事なのだが個別制を踏みにじることがないように」という原則だけが必要だったのであって、むりやりに「差をつくらない=均一な品質管理」する発想ではいけなかったのだと思う。 < この意味では、規格ぴったりの工業品を大量に作るのではなく、(不揃いでもうまくて栄養たっぷりならよいとする)農作物みたいな素朴な考え方と相通ずる態度が教育委員害に求められそうだ。

教える側の態度として、「好きか嫌いか」という価値軸で判断をすることはあってはならないし、「役に立つか立たないか」というだけで雑草を根絶やしにしてしまうことも控えなくてはならないし、「正しいか誤りか」を突き詰めすぎて(迷信じみた)超常識だけを信奉する世代を育成してもならないんだろう。とか思ったりする。
(迷信 という言葉は、超常識 と言い換えられそうだと先日から思っている)


カタめの説はこんなもんでうっちゃっておくとして、数年前に発売されたソフトカバーの本(元素周期 萌えて覚える化学の基本)から派生した動画をいくつか紹介してみよう。


再生時には右下端を押すとうるさい文字を非表示にできます。↑
【ニコニコ動画】【萌え元素】第4話 ランタノイド寮を救え!

元素周期表の歌(全3部〜初音ミク) +1(追記)
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by bucmacoto | 2010-10-24 15:05 | quote/data | Trackback | Comments(6)
秋・・といえば
2010年 09月 30日
25日の午後に、中山峠を越え洞爺湖へと向かいました。
羊蹄山(蝦夷富士)の山頂付近には、薄らと雪が見られました。
洞爺湖のぼろぼろホテルでの同期会(1学科=1クラスなのでクラス会)は道内に居る12名中8名が顔を合わせました。

秋分もすぎての数日は、夜間の気温も下がってまいりました。
そして勤務終了後には夜といってもいい、いわば秋の夜長の季節です。
先月から、NHKオンデマンド、世界史探索と道楽じみた時間の使い方をしています。

生涯 _ 逍遙の人 セーレン・キルケゴールキルケゴールのソクラテス理解などを読み、こころ 夏目漱石の読書感想文を読んでみたら、漱石を読んでいなかったことに気がついた。というか、小学校以来の私はすっかり文学という分野の作品は読んでいないことに気がついたのです。

文豪と呼ばれる夏目漱石の作品を青空文庫で読んでみました。
 夏目漱石 こころ
現代人と呼ばれる我々とほとんど変わりないこころのさまが窺えました。

次いで、レオ・トルストイ Lev Nikolaevich Tolstoi 森林太郎訳 パアテル・セルギウス VATER SERGIUS を読んでみました。
トルストイつながりで、書評松岡正剛の千夜千冊 『アンナ・カレーニナ』レフ・トルストイを頼りに、図書館で1972年刊のトルストイ全集(河出書房新社 中村白葉訳)7・8の アンナ・カレニーナ を借りてみました。
同時にミヒャエル・エンデの 自由の牢獄 も借りてみました。


「復習は我にあり、我これを酬(むく)いん」 という聖書の句が冒頭に記され、有名な一文(幸福な家庭はすべてよく似よったものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である)からはじまって、最後まで一気に読みたくなる文章の力を感じました。個人的には、レーヴィンの考え方や生き方がとても自分と重なったのですが、それはトルストイ自身の投影像でもあったようです。

社交界・・・というのは貴族がいない現代日本でいうなら、芸能界がそうでしょうか。
144ページ下段にある
『ほんとうの社交界──舞踏と、饗宴と、はなやかな化粧の社会、娼婦の世界へまでおちてしまわないために、片手でしっかりと宮廷をつかんでいる社会』
という表現など、文豪と呼ばれる人の表現力はさすがにすごいなと感じられました。


エンデの 「自由の牢獄」は、日本の星新一の作品を読むような感じを受けて読みました。


人のこころのうちを知るには自分自身のこころにあるものからしか知ることができないもので、自分のこころのうちを知るにも他人の振る舞いを眺め得た気付きが必要なものであるのですが、そのふたつは同じこころの表がわと裏がわである。という持論もあながち的外れでもないのだと、そんなことを頭の中に浮かべて秋の夜長に読書を進めてみたいと思いました。

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by bucmacoto | 2010-09-30 01:42 | particle | Trackback | Comments(0)
モンスター度の基準
2010年 09月 13日
定性的という言葉と、定量的という言葉がある。

定性的には、大きいか小さいか、重いか軽いか、割り切れるか割り切れないか、仮数か実数か、
などなどのことが、わかりきっている場合でも、定量化するとなるとかなり厄介な場合がある。

長さ・重さ・かさ(退席)なんかは、足したり倍したり半分にしたりという操作で一貫性ある比較が可能だけれど、態度や状態の評価っていうことになるとクリアにさくさく切り分けて捌(さば)くわけにはいかないからだ。

・・・そういえば1980年代の終わりに、セコさの単位=カラシ(納豆に付属するカラシを捨てずに冷蔵庫に蓄えるのを1単位のせこさとみなす)、気まずさの単位=ピっツァ(皆で食べていて最後の一切れだけピザが余った気まずさを1単位)なんていうのがあった。

モンスター(化けもの)という表現は最近のものだけれど、昔からいわゆるインネンをつける=ヤクザまがいってのはあった。
そういうヤクザ度・モンスター度みたいな尺度はあってもよかったのかもしれない。


マジコンでポケモン大会に出場しようとした親子! ブチギレして警察沙汰に – ロケットニュース24(β)


自分に対する基準と、他人に対する基準とが異なることを、ダブルスタンダードとか二枚舌とか自己中心的とかエゴイズムとかいうわけなんだけど、この手の精神構造ってのは差別感情とか選民意識とかととっても相関しそうにも思えたりした。
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by bucmacoto | 2010-09-13 23:37 | quote/data | Trackback | Comments(2)
経済学おんちのつぶやき
2010年 09月 05日
日本経済新聞が好きで、就職以来一度も取っていないのに、職場やら図書館やらで読み続けている。
かれこれ、私の半生以上そして四半世紀以上の期間になる。
ところが、経済学の概念にはどうにも理解できない部分がいまもある。

部分部分のメカニズムやプロセスを記述したものにすぎないと思っても、どうにもドグマ好き(Einsteinの相対性理論とかDarwinの進化論)なシンプルな前提から積み重ねられたものじゃないと学問・理論として正しいのかどうかを考えられないという私の脳みその事情もある。

そんな脳みそにとって不思議な理論のひとつに、「穴を掘って埋め戻すだけであっても、失業手当を払うよりずっと景気対策に有効だ」という理論がある。
たしか、遥か古代のエジプトのピラミッド建設や、日本の大仏建立などの事業も、現代と同様に需要創出のための公共事業と書いてある文章も昔からあった。(もちろん、権力者の力の誇示 と 社会秩序の構築シンボル、これが主目的なのだろうが)

社会的な安全網としての福祉と社会保障は、便乗者や悪用者(働く能力も意欲も機会もあるのに補償目当て)を排除できないとそれこそムダ金になるから、人々の倫理崩壊をきたさないためにも手当よりは仕事として与えるという部分は同意できる。
けれど、「富を分配する」ということと「富を循環させる」ということと「富を蓄積する」ことと「富を浪費する」ことと、この関係が私にはいまでもよくはわからないままでいる。

ムダな事業であっても、カネの巡りをよくすることが大事だから、、、という理論はどうにも暴論にすぎるだろう。もちろん、ケインズはそのように言ってはいないのに、そうであるかのように(内容を歪ませて)伝達した人々の罪なのだろうが。。。
 ※ わたしのようにわからないのも、罪になるのかな w


端的なはなし、

 空き缶を拾う、
 町を清掃する、
 河川を奇麗にしている、

そんなNPOに援助することは、ムダな仕事しかできない公務員を抱えるよりもよほど経済的によい選択に思えてしまう。


だが、問題は

 何がムダなのか
 何が将来に生きる投資なのか
 何を基準に誰がその【評価】作業を担うのか

なのかもしれない。


経世済民という思想はよくわからないし、民主主義という思想と社会主義という思想とはルーツは同一なんじゃないかな(弱者・少数者の権利を奪い支配するのではない世界を理想とする意味で同じかな)って思うほど政治的にも遠視(つか老眼)だけど、それでもムダっていうのはいつの間にかどこへか消えることを示すんじゃないかと思っている。
蒸発してしまう、伝達中に摩擦熱になってしまうっていうイメージだ。


さて、ムダをなくす方法ってのは難しいみたいだが、ムダにする方法ってやつはいっぱいある。
 表面上の価値を残したまま、実際の価値を減ずる。
(金の延べ棒がいつのまにかメッキとすりかえられたり、同じ簿価なのに実勢流通価格が低下したり、パッケージの中身が軽くなったり粗悪になったり)
ってのが直感的だなぁ。


世界史や日本史をこの夏は眺め見ている。
かつての世界は、奴隷制度をはじめ敗者と弱者を社会的に固定してしまうことで、社会と経済を安定させていたように思えた。
奴隷に落とされる恐怖は、刑罰と同様に、社会防衛への動機(敗けた捕虜は奴隷化されるから)となり、悪事への抑止力となった。
そういった機能はあったにせよ、身分固定の根拠が迷妄(迷信や妄想や讒言やデマ)だったことも少なくはないのが前近代時代の悲劇だと思う。


歴史の場合には「歴史に学ばなければ・・・歴史が教えにやってくる」という。そういうものこそが、「歴史の教訓をムダにした」その帰結として得られる報酬なんだろう。

そう考えると、「ムダにする」という定義を私がしてもよいのなら、

 生かすべきものを捨てること(忘れること or 殺すこと)

っていうのがしっくりするなぁ。私のでかいだけで低品質の脳みそ的には w
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by bucmacoto | 2010-09-05 20:07 | wave | Trackback | Comments(3)
思いつき話
2010年 08月 14日
先週、キャンプ先からの帰り道、助手席に座る息子にたずねてみた。
(この会話の伏線として、自己中心な主張をする人が、相手の非は声高に非難し、自分の非の遠因を他人や相手の行動に求めるものだという共通認識があった)

「若い頃の平等主義者が、やがて自己優先的になってゆき、終いには自己中心的になるっていうのはどうしてだと思う?」

息子はちょっと考えて
「あぁ、若い頃に年配の人に尽くした分を、年取った頃には自分も同じにしてもうらおうっていうの・・・」

私は遮ってこう続けた。
「言いたいことはわかるけど、これはそういう面をいったんじゃないんだ。
 言いたかったのは、こういうこと。
 平等主義者ってのは、自分がされたくないことを相手にやらない。自分がされたいと望むことは相手にもしてあげる。そういう心理で成り立っていやすいよね?
 ところが、価値観も違うし、ありがた迷惑だってある。それに人にやられたひどい仕打ちは何倍にも痛みを感じるし、人にやってもらった恩はいつのまにか感謝の念も麻痺してゆく。
 それを繰り返すうちに、自分は相手に100の貢献をしているのに相手からは50しか受け取っていない。こう考える。
 それか、自分はささやかな迷惑も遠慮しつつやっているのに、相手はこちらの大きな迷惑を平気な顔をしてやっているように思いはじめる。
 そうして徐々に、そのバランスを回復するために自分を相手より少しだけ優先させて、ちょうどよいバランスなんだと考える。
 そして終いには、自分の価値観をを中心にして、他人の価値観は些細なことにこだわっているだけのつまらないものだと思うに至る。
 こうして、名君は暴君になってゆく。
 自分が中心になって地球は回っている、自分の姿勢だけが揺るがない、地軸そのものなんだと思い込む。」


多くの神様(のような ヒト)にも、これはあてはまるのかも知れない。



というヨタ話(脳内で言葉だけをつぎはぎした似非ロジック)でした ^^;
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by bucmacoto | 2010-08-14 22:10 | wave