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不調の連鎖
2007年 03月 31日
先週末から風邪をひいた。 昨年晩秋のワクチンも、既に効力切れになったのかもしれない。
喉はやられたが熱はさほどのことはない。 金曜からは緑色の鼻水になったのでもう終わるだろう。

週の半ばにはぎっくり腰をやってしまった。 これまでで最悪の痛め方だと思う。
MRIではヘルニア所見がなく、純粋ぎっくりであることは救いだ。 "湿布でも貼っておくように"ですと。。(その割りに処方に湿布薬を忘れていましたよ~せんせ w)
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ぎっくりをやった初日はすぐにコルセットをして、勤務中はなんとかよかった。
ところが自室に戻って、痛苦しさにコルセットを外したら・・・もう動けなくなりました。
なんとかMRI撮像中のように膝下に詰め物をして背中を楽にして。。。と休んでみたは良いのですが目覚めて起きようとしたらあらら・・・動けな~い(笑)
おまけに咳がでたらイタタッ。 くしゃみが出ようものなら うぎゃぁ~。 という有様。
一人であるのを幸いに、情けない声で 「イテ~~よぉ,あぅ~」と泣き呟いておりました。
それでも少しずつ、(5ミリずつ動くという感じで)体位を変えてゆくと何とか起き上がることに成功。 知らない人が見たら、"ベッドからずり落ちただけじゃん" みたいに言うかもしれませんがそれが精一杯だというのが発症初日でした。
風呂にも何とか入ったのだけれど、湯船の蓋を開けるのにまずは一苦労。 あれは跪(ひざまず)いてからでないと腰に負担がかかるので無理。 湯を汲むのも同様。 座って洗うのは苦行でしかないから、立って洗う。 膝下は屈めないから洗えない,なので椅子に片足ずつ乗せて指先でちょこちょこっと擦る。 面白い発見としては湯船の中がとても楽だったことです。 咳をしても大丈夫だったことにとても感激しました。 (痛みが響かないで咳ができるというのはありがたかった)

翌日には針をしてもらいました。 注:急性期には本来は安静第一です。
過日の肩関節周囲炎(ようは40肩・50肩)に対する ステロイド直接注射+針治療以来,針に対する不信感は著しく低下した私です。 (以前はほとんど天敵視しておりました 笑)
発症翌日になって置き針を6本(うち一本は膝で間接効果狙い,一本は反対側でバランス調整狙い)置いてもらったためか、前日に比べて立ち居振る舞いがとても楽にできるようになりました。
「本当は急性期にはやらないんですけどね」 「痛がる人もいるんで痛かったら抜いてください。 そのうちにかゆくなります。 痒くなったら抜いて下さい」 ということでした。フォト(お目汚し)
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彼も3度ほどぎっくりしたことがあるそうで、「あの痛みは経験しないとわからないですよね」と話していました。
 それにしても、筋や靭帯の半損傷というのは決して生命に別状があるものでもない。 なのに痛みがこれほど激しいというのは不思議なものだ。 (ちなみに激しい腹から背部痛となる病気には、大動脈解離,脊椎損傷,急性膵炎,消化管穿孔など 猶予のないものが多い。 但、尿路結石は排石するとけろりとしたもの)
痛みと病の重大さとは決して比例しない。 痛がり方と身体の痛み具合というのも決して比例しない。 平均的欧米人と平均的日本人とを比較するなら明らか。 また男性と女性でも痛みへの耐性(ある意味では鈍感さといってもいい)は異なる。 そうなので 心身二元論 に基いて 「 身体的苦痛 ⇔ 精神的苦痛 」 というモノサシを一貫して ── 換言すると共通の尺度として ── 用いることは不適切なのだな~。< こう思うのだ

 個人めも:裁判・法廷論争で、身体的苦痛 → 心的苦痛 → 経済的損失 という変換(いわば変動相場制度下での為替)を繰り返して過度に強調する論調がある。 評価は一元的に行い他の要素は独立変数としないと辻褄あわなくなる(考慮せず相互に相関させない)。

PCも不調
by bucmacoto | 2007-03-31 15:26 | particle
単純化とデジタル化とは良く似た側面があるなぁ
2007年 03月 29日
単純なものの繰り返しを、積み重ねて組み合わせて、コンピュータの論理世界はつくられる。

単純なものの相互作用が、複雑系(システム)としての挙動を示すのは面白い。
(あまり良くない例だけれど)一例
 → 同じPCで同じOSで同じソフトを使っていても ハング具合は異なることがある。

それでもやはりデジタルな造形には、ある種のデジタル臭さが感じられることがある。

それは、不均一さ(多様性)に欠けるからだろう。
もしくは偶然性が自動排除されるから。
そして結果的に蓋然性ばかりが強調されるから。
ロイエルスヴァルトの不可能な三角形」 (1934年発見)
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 この物理的(=3次元的)にあり得ない図形は、初めてメビウスの輪を知った時の不可解さを私に蘇らせてくれる。 しかしながら、メビウスの輪は現実に矛盾なく存在することのできる図形であるが、左の図はそうではない。

 この不可解な図形についてwebサーフしていたら、なんとこの図案を社のシンボルにしている会社がありました。
 システムダイナミクス理論をかつて崇拝していた私にとって奇遇と言うのか。。。フィードバック理論のノーバート・ウィーナー博士による造語 サイバネティクスから社名をもらった社でありました。
 * サイバネティクス : 最適制御理論をきっかけに、通信工学・制御工学に立脚して、生理学・機械工学・システム工学・生体工学を統一的に扱う学問分野。

 私も人の顔を覚えられない方ですが、このウィナー博士はすごい → 質問31・名前を忘れてしまうんです
世の中、極端な人と言うのはいくらでもいるものです。

メビウスの輪と上のロイエスヴァルト不可解な三角形とは、似て非なるものですが私の脳内では次のような共通点があるのです。 それは 正反対方向に向かってゆく → 表裏一体の位置関係となる、 というものです。
 この二つの図形は、実現可能(実際に存在する)な図と 実現不可能(不可解)な図とを脳はごっちゃに扱いやすいということを示しているような気がします。

 言葉巧みでありながら矛盾満載な人物に特徴的なのは、メタファー(比喩・隠喩)を多用しながら似て非なる論をもっともらしく提供することです。

 ・・・ 一応、自戒(他山の石)ということにしておこう。。。 ^^;

  エクセル上で図案製作中に寝落ちたので、朝の投稿です。(どこか変かも w)


ベンローズの三角形
by bucmacoto | 2007-03-29 07:59 | wave
卒業を迎えた君へ
2007年 03月 27日
君は三度目の卒業を迎えたね。(まぁ最初のは卒園だったけれど)

卒園の時に、『想い出』 と書かれた画用紙で作ったバックを左脇に抱えた君は、
「想い出が、重いで~」 とふざけて満面の笑みだった。

6年間を終えた卒業では、ずば抜けて小さい君は一番前で目立つのに、退屈そうにしていたね。

3年間を終えた卒業には、私は行けなかった。けれども君の卒業作文はなかなかのものだった。


いつもいつも小言ばかりで、いつだっておこられてばかりで、
やらなきゃいけないと言われても、やらない,
やってはいけないと言われているのに、やってしまう,
やらなくてもいいよと言われたのに、やる。 < これは、父的には仕方がないように思う…(苦笑)

そうやって我慢してるのに、我慢が足りないとなじられて。。


ま,あれこれあるが、おめでとう。

文句だってあるだろうが、親の言葉は間違いだらけの文句だらけだと思うだろうが、
それでも、おめでとう。

入学を控える君へ
by bucmacoto | 2007-03-27 22:32 | wave
冬と春と雪と星
2007年 03月 25日
冬の雪は暖かいのだと知っていましたか

雪にすっぽりと包まれて冬を越える昆虫がいます
露わに地肌をさらすなら凍てつく大地も
真綿のような雪のお布団で温もりを保つのです

春の雪は冷たいのだと知っていましたか

冬の間は乾いてきぬを濡らさぬ雪も
半ば雨になりながら地肌に降り触れたなら
瞬く間に溶けて流れて冷たく濡らすのです

冬の星は冷たいのにとても美しいとは思いませんか

それは空気が澄んでいるからでしょうか
そして夜が長くて深いからなのでしょうか
重たい空気を貫いて届いた輝きだから美しいのでしょうか

春の星は移ろう星の季節でしょうか

金星が地平に明るく輝いて
土は湿り気と泥濘ぬかるみとで湯気を吐き
全天最強の狩人は蠍に追われて西へと急ぐ


はるのそらはふゆのほしを西へとおいやり
ふゆのゆきははるのほしに照らされとけて
純白の装いを薄汚ない衣装へと汚しながら
最後の命尽きるまで 大地を潤しつづけて消えるのです

by bucmacoto | 2007-03-25 21:13 | wave
最終スキー日@彼岸( 春分日)
2007年 03月 21日
薄絹の衣で被われたような白い紫色の空


・・・ こんな風に書き出したけれど、春のお空は気紛れでした。(この行より追記)

日差しがくっきりした時は残暑の装い。 秋分点と同じ日差しなのだから当然か。。
雲が通るときにはちらちらと雪が舞い、ゴーグルなしのスキーヤーにはちと辛い。

そういえば春の天気こそが変わりやすいとは中学になった頃の知識ですね。
(女ゴコロと秋の空 よりも 男ゴコロと春の空 のほうが実際か?)
最大風速こそ台風が通過する関係で秋の季節に記録が集中していますが、それ以外の風速記録では春のほうが強風なのだと言います。 ちなみに北海道での記録は、冬の低気圧の強風記録のほうが秋の弱り果てた台風の記録よりも勝っているそうです。

一昨日の夜の素晴らしいナイターコンディション。 昨夜のひどいナイターゲレンデ。 今日はちょうど中間なゲレンデ状態でした。
2ヶ月続いた今シーズンのスキーも今日でおしまいです。 リフトは終日無料開放ですのでボンビー症の私は嬉々として出かけました。


絵日記
by bucmacoto | 2007-03-21 12:06 | wave
きっかけと目的と手段(夢想編 基本形)
2007年 03月 21日
全てのものに、始まりがある ということ。

これが、お釈迦さま の最初のさとりの言葉 ── 天上天下 唯我独尊 ── のルーツだと言う。(私はその認識を支持する)

ヒトの創ってきた、制度・組織・ルール(法制)の始まりには、理由がある。 その理由とは目的のことだと言っても良いだろう。
  • 社会に害なす者(悪人)を明確に排除する目的で法廷が
  • 病者に治しと癒しと療養を与える目的で病院という組織が

それぞれ生まれたのだと思う。
理由という出発点 と 目的という到達点と、ふたつは表裏一体の位置にあるのだろう。
そのふたつを橋渡す過程となるのが手段であり、制度・組織・ルールであるのだと考えている。

先にあげた 目的を示す文節は
  • 社会に害なす悪人がいたから法廷が求められ
  • 病魔に苦しむ者がいたから病院という治しと癒しと療養を提供する場が求められた
と書いても文意は同じ。

出発点がゴールであるのは,トラック競技のスタート地点とゴールに似る。
 階段状スタートか、集会遅れがあるのか、ショートカット(近道or迂回路)はあるのかなどは、かなり違う気もするのだが。。 ともかく、原点というのは確かめておくに越したことはないものだと思います。 でないと(原点から)離れてしまった郷里もわからない、通り過ぎた周回数もカウントできないということになってしまいますからね。

 出発点=原点を、はじまりとみなすかきっかけに過ぎぬとするかは大きな認識の違いにつながります。
 原因(主因,仏教用語的な 「因」 ) なのか、または 要因(因子,仏教的には縁) に過ぎないか。 この認識の差は論理を構成するときに(しばしば)180度異なる論旨を編むことがあります。

 (やくざなどが)因縁をつける。 という言い方がございますが、縁を因であると言いつのって、枝葉末節から幹を生み出し根を張る手法というのは、あるいは普遍的なやり口であるのかも知れません。

 俺がけつまずいたのはエレベータの段差のせいだ。 < 歩き方のせいでは・・・?
 てめーが俺をあざ笑ったから、ぶん殴ってやったまでよ。 < スマイル0円さんはどうよ?
 俺たちがシマを守ってるおかげで、あんたら安心して商売できてるんだ。 < (?へ?)

 この 【~のせいで】 【~だから】 【~のおかげ】 というのは、因を示す言葉ですが乱用するような相手は、高名な識者であろうと 尊敬されるべき職業者であろうと、要注意にしてしまいますね。 私は。。 < あー 天邪鬼だからでしょか w
 主因(第一の因)以外の要因に、このような因を示す言葉を多用されると認識が狂ってしまいます。 そして 要因(縁)である以上、その言葉を嘘であるとも断じがたいから厄介なのです。

 ・・・

 一足飛びに結論を書くなら、こうした 因と縁とを混同するような輩って言うのは 「ヤクザなやり口」 の人間であるとレッテルを貼ることも辞さないでいいと思うのです。

 因(原因・主因)と 縁との区別は、時に困りますが私が目処とするのは比較的、単純です。
  1. 時間的に先にあるほうが因 (原点=出発点とは時間的に過去)
  2. 相関度が大きな方が因
  3. 特異度(決定力)が大きい方を(方便的に)因
 実は、この2番目と3番目の区分けは、本来は同根(同じ)であるものを認識上で分離しています。
 たとえば、火が燃える燃焼と言う現象は、燃料が主因で酸素と高温が要素(縁)であると記述できますが、燃料と酸素とは本来は等価なものです。 普遍的に存在する側は酸素ですので、むしろ酸素が燃焼現象の主因であると考えてもいいものです。 実際、脳の機能停止=ぶっ倒れる 現象で主なものに、虚血(酸素不足)と低血糖(燃料=グルコースの不足)がありますが、前者のほうがより重大になりやすいですね。
 酸素を燃焼の主原因としないのが一般的なのは、単に、『酸素は普遍度が非常に高い』 ことに尽きます。 燃料のほうが手に入れたり手に入らなかったりの メリハリがある(特異度が高い) ということです。

 ・・・ 略(飛躍して書こうっと) ・・・

 メリハリがある = 特異度が高い = 誇張じみた強調が効果的

 上記の手段を 常套する者を、私はヤクザと呼ぼう。
 それがテレビのキャスターであっても。
 それが国会の議員さんであろうと。

 目的が正しければ、手段は正当化されるという言葉について書こうと思ってはじめたはずが、面倒になってきたぁ。。。 < 嘘ではないです ホントです(誓って)
post at 2007.03/21
last edit at 2007.03/25


   
by bucmacoto | 2007-03-21 01:15 | duality
conflict / collision
2007年 03月 18日
 学校英語能力が壊滅的な私だから、コンフリクトコリジョンも繰り返しハングアップを見るうちに覚えた単語と思われる。(白状すると【コンクリフト】かと今まで勘違いしていましたっ 汗;)
 計算機用語かAnatomical語としてしか英語を理解できていない私って、とことん理系頭なのだと思うのです。 語幹とか語源とかの基本概念から連結してないと、たちまち脳みそから減衰&消失
してしまうという特徴。。 したがって人の顔と名前なんてたちまちにして忘れるという。。。(かつて、自分の母親の名を思い出せなかったことがあるのは内緒です < ボケではない 十代の頃)
 思い返すと,物理はやる気になっても化学・生物は苦手、倫理・社会はそのまま解かっても地理・歴史は敬遠、という傾向だったのも 羅列されたものをばらばらに独立した形で憶える能力が欠落していたからでしょう。 こう理解すると、現代国語は(読書と新聞で)使っていたからわかるけれど 古文・英語は壊滅的だったのも合点がいきます。
 ・・・,まぁその得意科目の物理(電気)にしたって、大学(工学部)入試の最中に公式を導くところからやっていたという大うつけですが(爆) < ちゃんと合格できたのが笑える(ここへは進学しなかったが)

 コンピュータが突然に停止した経験は多くの人が持っていると思います。
  1. 無限ループ(循環参照・同期発信的フリップフロップ)
  2. [デバイスIO] [IOポート] の競合= 入出力権限の衝突
  3. 割り込み処理の衝突 / 処理不適切 = ハードウエア割り込み / ソフトウェア割り込み
多くはこの3者が原因となるようです。
 2番目と3番目の違いはどう説明すべきか迷います。。 シェア(共有)とプライオリティ(優先権限)の違いとでもいうと、当たらずとも外さずというところでしょうか。
 かつてOSによる制御が緩やかだった頃のデバイス・ポート制御では 今と比較するとデバイスドライバ(プログラム)が自由にハード(デバイス)を制御できました。
プログラムが無責任な割り込み処理を行うとハングしていた時代です。
 時代は下り、CPUの命令にも優先権限の順位が出来て ほとんどのデバイス制御はOS経由で行われるようになりました。
直接のハードウェア割り込み処理プログラムは使えず=不適切なプログラムの常駐は出来ず。 その代わりに,割り込みを発生させた場合のOSの反応で処理経路を決めておくようになりました。
 いわば、直接参照から → 間接参照へ と変化していったわけです。 (この手の変化を 進化と呼べるかどうかは むつかしいなぁ。。)
 具体的に割り込みの競合例を示す(わかりにくいかも^^;)
パラレルポート1(仮に[PRN1]と置く)に対して、それを利用するプログラムが プリンタドライバとP2P通信ドライバであるとする。
 プリンタドライバはPCとプリンタとを結んだ制御を担当し、
 P2P通信ドライバはPCと他のPCとをパラレルポート経由で結んだ通信を制御している。
 どちらも、使用しているハードウェア資源 つまりパラレルポート1[PRN1] は同じものです。
このパラレルポートのように入出力を担当する出入り口をIOポートといいますが、このようにプリンタとP2Pというように接続相手が異なる場合があります。これを別なドライバの存在全てを考慮してプログラミングするのは事実上不可能です。 通信接続対象がプリンタなのかPCの同類プログラムなのか毎度確認することと、可能なのはせいぜい [割り込みハンドラの退避/復帰を適正に][内部waitループは使わない][例外処理割り込みを潰す]といったことに限られます。
 いわば行儀がよいプログラムにすることで安定性は増しますが、度を越すと動作が重くなります。 バックグラウンドで動くデバイスドライバやデーモン(サービスプロセス)群が遅くなるというのは、ある意味PC資源のムダ使いです。
 コンパクトで高速なドライバ と 全体動作の安定性とを両立させる手段が、OSによるハードウエアの一元管理でドライバが勝手に直接に資源(リソース)を消費するのを防ごうというのが現代のPCの基本スタンスなのだと思います。
 ※ CPU停止に至るほど致命的なのは ゼロ除算 などに見られる。
  かつて、RISC陣営がこの割り込みの存在を理由にIntelプロセッサの欠点としたこともあった。
  中高年には懐かしく、青年には意味不明かも。。面白いけど ^^; → Omicron 割込みUPC


 職務に忠実であろうとすれば、必然的に葛藤がおき,立場に従順であろうとすれば、不可避的に内部衝突が生じる。 というのは私も含め多くの人が感じ経験して来ているようです。
私の就職直後の例で言えば 次のように。(多少 端折り 少し脚色・・・ < 半ば捏造じゃん? w)
所属セクションの長 → 「黙っていることは決してよくはない。 沈黙と寡黙は違う。 大切なのはきちんとしたアピールだ。 抱え込まないで表明され共有されてこそ、情報に価値が生まれる」

所属直属の上司 → 「まずきちんとしたデータを揃えること。 誤ったデータに基づく推論は棄てること。 自力ではデータを揃えられない場合には、理由と共に助力を求めること」

所属セクションの先輩 → 「見落とすな(これは義務だ)。 指摘はできる(これは権利)。 評価は絶対にするな(これをしたら責任であると心得よ)。」

 こういった言葉(概念)による導きは、わかってしまえば矛盾無く受け入れられるものですが、自分の中で整合性ある(いわば血肉となった)言葉として根付くにはどうしても歳月が必要なようです。 上記の言葉も、長の言葉に従い「まず表明すること」を基本姿勢とすると、直属上司の「正しいかを確かめるのが最優先」と(場合によっては)矛盾します。 先輩の言葉に至っては(理念としてはまさしくその通りでいいのだが)、見落とさないようにして気付いたことを(無分別に)指摘などできはしない(自分の中で表明の可否について評価を下してから指摘するものだ)。
そういえば、いまだに達成できない先輩からの指導に 「慌てず 急げ」 というのもあるな。。

 集中というものは (気をとられることを意識にのぼらせずに)排除することだ。。。というタイプがまさしく私である。
 本に夢中になり、ご飯だよと声をかけられても気付かないで、家族全員が食べ終わってから一人で食卓に向かったのがティ-ンエイジの頃でした。
 そういえば、トイレで気がついたら肛門が乾いてしまっていた! なんてぇこともありました。
 無意識で行われる排除 と言うのは効率向上には便利(=局所最適)なものだが、安定性を損なう(全体バランス)方向性に気付かないというリスクを内包する。
 あれやこれやと目に入るものを全て意識に上らせて吟味していたら非常に疲れる(もしくは狂う)。 かといって意識的(言語的・明示的)に評価しないで、無意識的(評価以前の認識で欠落)に情報処理することを放置していては、組織の機能向上は実現しないものだろう。 それどころか、時には機能の維持や継承すらも危ぶまれてしまうものだろう。


 先にあげた 割り込み(interrupt) 競合(conflict / collision) の例にあるような、内部対立による処理の立ち往生は 組織(システム)の存在意義を損なう。 そうさせないいためにこそ、情報は共有される価値がある。反対に内部対立を煽るために情報を流すのは、情報の共有でも公開でもなく ワームかウイルスの所為である。

 上記の対偶となる命題は、
 共有する価値のない情報とは、自明であって内部矛盾──すなわち葛藤──の生じないもの。

ということになるのであろうか。
本当は会議がこうであればいいのだけれど、会議は利害調整の場となる側面が拭えない。 そのためか(特定した相手への情報発信ではない)ブログのほうが、記述情報は率直である気がするなぁ。
 ミーティングの場では、耳に痛い(葛藤を生じる)話が必ずしも実のある話とは限らない。
それどころか揺さぶりや油断誘導へ向けた言葉の落とし穴だらけ ── すなわち表面的な言辞が 内心の評価や見えない行動と裏腹な策略でしかない ── 場合もある。 < こうした輩は年長だろうと上っ面が人格者だろうといやだなぁ。。。

 先の命題にただし書きをつけるなら、自分の中で整理されているにも関わらず 相手の不安を掻き立てる 書き手や話し手のものは除外しても構わない。 これは言っている(書いている)内容以前に 話し手(書き手)の姿勢で分類しても構わない。
 内容が正しいかどうかで判断する技術を磨いたなら、いつかは、正しい人かどうかでその内容を想像することも許されよう。

 帰納と演繹とは、方向違いでありながら 相補的なものだから、直感と論理も同様に。
 そして理系センスと文系な努力も同様に。。。

面白くては(尻が乾くほど)没頭できるけど、つまらないと努力できないっていう人間の反省の弁
無意識という便利なこころのしくみは、便利さを享受しつつも安易に便宜的には使わない&使わせない。

 ・・・ そういえば 便とはくさいものだ。 弁が臭いというのは 自らを大きく見せようとするから。。。
ん? 字が違わねか? > 白が大きい と臭いだ w
post at 2007.03/18
editting in 2007.03/20


white box / black box
by bucmacoto | 2007-03-18 13:29 | wave
orion stars (1week before Vernal Equinox Day)
2007年 03月 15日
 奇妙な試験問題 および 奇問・珍問・難問 で設定された日付は3月15日の今日でした。
 しかし雲が出て、観測できませんでしたので、昨夕好天だった時の様子を記録しておきましょう。

17:52 シリウス(白狼星) - ベテルギウス(orion右肩の赤い一等星) - プロキオン(こいぬ座) の冬の大三角を目印に、左ひざのリゲルを見つける。 (参)冬の大六角
 オリオンの三ツ星中央のアルニラムは辛うじて見えるが、右(西)のミンタカは見えない。
17:54 ベラトリクス(オリオンの左肩。 こちらから向かっては右)アルニタクが見えた。
17:59 ミンタカ と 右ひざのサイフ を確認。

 ぎりぎりで、主な星を見つけられたが、腰にぶら下げた剣(小三ツ星)は 下の M42とι星(ナイル・アル・サイフ) が見えているのかどうか・・・・という微妙さでした。
オリオンの星々の 少しロマンティックな紹介と高倍率フォトなら → オリオン座-恒星固有名

オリオン観測経過(三ツ星と周囲の4つの星を見ることができたた時刻)
2/23
3/1
3/7 or 8
17:33
17:45 17:50には小三ツ星もはっきり
17:52
 ※ 上記時間は確認できた時刻=気づいた時の記録です。(この時刻以前に見えだした)
post at 2007.03/15
last edit at 2007.03/16


___ ☆ ___(私のコンデジでは星は撮れないので借り物ばかり・・・ 涙)
by bucmacoto | 2007-03-15 22:38 | particle
メイドイン・・・
2007年 03月 13日
メイドイン東京という土産を職場で目にした。
 製作会社の関連紹介文 → http://www.omiyage-daito.com/miyage/meido.html
 元ページはこちら

私の口に中身は入らなかったが、外箱をもらってきました ^^;

 
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 ・・・

うーん。。。やはり東京文化は地方文化を、分化吸収して成立するのですね。。(ぇ?)

片やメイド文化として秋葉原で花開き。

かたやホラー(タワー・オブ・テラー)は、舞浜で。。。

その源流がなんとここに。。


※ この後段の文句は嘘っぱちです ^^;
  この記事の画像は原著作権者の許諾は得ておりません。
  パッケージの面白さは保障しますが味は保障しません。
  (全国のお土産を作るほどだから味は悪くはないと思われます)

追記

そういえば東急インとか東横インとか東京インとか羽田インとかありますね。
そうすると冥土インとかあっても。。。

 ※ made in ~ : ~の創作,~製 (madeはmakeの過去形)
   maid : お手伝い・女中・メード・処女・少女
   冥土 : 死者が行くと考えられていたあの世
   inn : 小旅館,小ホテル,宿屋 古期英語「住居」の意; IN と同語源

&Tips;&code; (備忘Log)
by bucmacoto | 2007-03-13 01:13 |   illusion rhapsody
権利の矛先 利権の後ろ盾
2007年 03月 08日
著作権に関して、私は常識外れな考えを自らの常識としているかもしれない。
 例 → こちら

このように考えるに至ったその基本(理念材料)は、ありきたりのものだ。
  • 自他の等価性 (自らの入出力機能 と 他者の入出力機能は、内部構造が相似であるという仮定)
    自ずと平等主義的になる
  • 種から梢の先まで、呼吸する大気 吸い上げる水・土壌、全てがオリジナルという著作物はない
  • 先行者を優先し保護するにも、発明に先顧主義と先発明主義があるように、先に創作した側か先に発表した側のどちらを基準とするか明確化が必要。
  • 特許が公開され利用されることを前提として権利を制度化したものならば、著作権は公開され利用されることに対し著作者の意志(意思ではない)を行使する権利として法文となっている。
    言い換えるなら、発明品は【意に反した利用】を制限することが困難ながら、その一方で著作品は【意を汲んだ表現】を発明品よりは要求しやすい。
  • 知的資源(アイデア・表現)の再利用について
    (知的資源を)所有する権利 : 作者に帰属(一定年限)
    移転する権利・保存する権利 : 著作隣接権
    表現する権利(付加価値)・編集する権利 : 合作(一時著作者と同等)、2次著作権(派生著作)
  • 正しい権利という表現には、本源・(規範との)整合・継承 の意味がある
というように権利体系を整理・構造化して見ると、この権利については 「奪ってはならない ・ ないがしろにしてはならない ・ 無理強いしてはならない」 という色彩を感じたのでした。
※ 権利とは、相互に牽制する性質がある。 また秩序(バランス感覚)維持のために、優先度が自ずとあると見なされている。
  例えば、対価を支払い購入したモノについては自由に処分する権利があるが、人を薬殺処分するようなことは 「人間が生存する権利」 から認められない。 そもそも 人間を 「所有・所有権の移転(売買)」することは、認められる権利ではない。 人間の生命と尊厳は、所有権・財産権に勝る。

 私が真剣に書き出すとどうにも他の人からは分かりにくくなる傾向があるので、著作権の実際的で実地な解釈はこちらで把握してみてくださいな。 → おふくろさん騒動についての整理

 今回のタイトルで言葉あそびにした 権利利権 / の組み合わせ。

 権利=自分の意志によって自由に行ったり、他人に要求したりすることのできる資格・能力
     ある利益を主張し、これを享受することのできる資格。
     社会的・道徳的正当性に裏づけられ、法律によって賦与される資格。
 利権=利益を得る権利。(特に、業者が政治家や役人と結託して獲得する権益)

要求する色彩が強いから権利、守ろうとする色彩が強いから利権。。。という安易なタイトルであったりします。 攻撃性を発揮する道具となる矛(ほこ)と、本懐を守り保つ装具たる盾と、イメージ的に重なったのです。

 著作権者 ── 文芸・芸術(言葉と音と肉体表現)の作者 ── は、その著作権を道具に金儲け(と言って悪ければ正統な報酬要求)をすることも、その著作物の真正ぶり(いわば作者の誇り)を守る手段として著作権で包むことも許されているのだと思います。
※ 委細は省略>だって頭イタイ ^^;

 個人的で勝手な想いですが、複数の著作権者の間の軋轢というのは、年輪(年齢)を重ねたから丸くなるのだと言うような単純なものではなく、互いの誇り(プライド)がぶつかるから時には袂を分かつことにならざるを得なくなるのでしょう。 藤子不二雄の名義が分かたれたり ビートルズが不可避的に解散するようになったのもこのプライド要素があるように思います。

 著作権法は知的財産法とはいうけれど。。

 蔵の財(たから)よりは身の財、身の財よりはココロの財 ← こんな言葉もあるけれど。。。

 知の財産は、保有(占有)期間を長く認めるよりも、広く共有(再利用と再投資を認める)するほうが私の好みではあります。
 ↑ この意味で 50年の期限をあの手この手で引き延ばしたディズニー商法はあまり好みではない。 でも ディズニーランドとか大好きだったりする。(親が楽しんだディズニーアニメを子が同じように楽しむ姿と言うのは、いいものだ。 文化の理想形態のひとつだろう)
 親の支配 と 子の選択。 著作の継承は望むが、著作権の継承と言うのは(私的には)時代にそぐわない気がしています。

 盾(守り手)としての権利だけは残してあげたいとは思うのですが。
by bucmacoto | 2007-03-08 21:37 | particle