人気ブログランキング |
- 北の空からみなみへ -
exblog staff

<   2007年 01月 ( 22 )   > この月の画像一覧
月明るくオリオン鮮やか
2007年 01月 31日
薄く流れる雲が
眩しすぎる月明かりを
じょうずに目隠し

澄んだ空洞が
気圧されした狩人を
包んで押し上げた
by bucmacoto | 2007-01-31 19:37 | wave
inter-distance ~ 距離感覚
2007年 01月 28日
※ タイトルに用いた inter-distance には、けして距離感覚という訳語は当てはまりません ^^;

過日におふざけ分類で書いた 老いるとはオイルではない の背景にある私の感覚なのですが、老いる とか 成熟 ということばに内包される性質として、中間(inter-)・上位概念(meta-)・補間(interpolation) があると認識しています。

・・・ どれも書き出すと(というか膨らませようと思うなら)、いくらでも膨らむ内容です。 (すなわち言葉遊びしたり概念あそびに耽ったり相手をケムに巻いたり巻かれたりするのが簡単だということだ ^^;)
なんせ inter- ひとつをとっても、その語幹による辞書項目だけで、interinter 2 のふたつ分の記事になったのだから。

私は、気分のスイッチ(やる気/スルー)切り替えが甘いほうです。 どちらかというと気まぐれにスイッチングされているかのように受け取られるほどです。
おそらくそれは心理的に、【上下】の位置関係と 【内外】の区分けについて重視しない傾向が強いためでもあると思っています。 優先順位の決定要因を並列に扱う癖があるからですね。
例えば、リフト待ちでペアの片側に空席が生じているとします。 (がらがらならグループ優先でもよいですが)顔見知り以外で隣に相席することを避けようとするのが人情のようですが、私にはその人情よりも空席残したまま待ち時間が長くなる不合理さを回避しようとする思考癖があるのです。
不合理性(理に合わない)を回避しようとするあまり、伝統やしきたりに無知な中年(つぅか もう初老か?)に成り果ててしまいました。。(苦笑)

今日、リフト乗り場で券(回数券)に鋏を入れる係が 私の腕を見て声をかけてきました。

 「これ・・ 9回目かい?」

前回の鋏が 8回目の半分だけに入っていたのでした。

 「ええ。 そうだと思います」

とっさにそう答えると

 「そうか。。8回目に見えるけどな。。。」

そう言いながら、8回目の所に二度目の鋏を入れてくれた。

 「すいませ~ん。。」

そう言うと、彼はほんの少しだけ片唇を上げて 笑顔を返してくれた。

ルールや決まりに従い守る。 これは組織人として必須ですが、今回のは 『相手の利益を守る=不利益となる可能性は排除する』 という姿勢とアソビ心が感じられてとても気持ちよかった。
(これが私が若い娘だから だとかいうのではないから余計に気持ちがいいのだろう)

若い女性の歓心を得るためにサービス♪ < これは公私混同
中年おやじに同情してなのかスキー場を好印象づける機知 < これは私心なき奉仕心

自分の身内だから とか 知っている人間だから とかいうのではないこうしたサービスに遭遇すると本当に嬉しくなる。
そうしてこうした心情を得るとつい思うのだ。

 上下(立場)だとか 身内(知り合い)かよそ者かだとか、そんな基準だけが幅をきかせる人ばかりでないということは、気持ちのよい社会の要素として皆無にしてはならないのだ。 と。

どうしてここまで思っちゃうのかねー。 という感じに他の人は思うかな?


認知と判断の基準となる座標軸の種類は、成長につれて増えてゆくものでしょう。
 自分のことか 相手のことか
 上か下か
 内か外か
 前か後ろか
 右か左か
 内面か表面か
 多いか少ないか
 キレイなことか醜いことなのか
そして

 実か虚か

そんな座標種類を 獲得することが成長、保持管理できることが成熟(枯れるという意味では老い)

そんな思いがあるのでした。 2年ほど前の記事 → 極座標 と 直交座標


お月さまは いつも同じ顔を私たち地球に向けて廻っています。
c0062295_2019292.jpg

まるできっちりとひとつきりの極座標に殉じているのでしょうか。

 でも最近の説では、むかしむかしには 地球を2回周る間に自転を3回していた時期があったかも知れないといいます。 (この公転-自転の周期セットは 現在の水星と同じだとか)
 そう考えると月の裏側(地球とは反対側)に こんもりとした盛り上がりがある理由として、シミュレーション上はよい説明となるからだといいます。

接近を高みで識(し)る
by bucmacoto | 2007-01-28 21:25 | wave
後でも先でも やる気の時がその時
2007年 01月 27日
血液型TB第16弾開催します

今回のお題
あと派ですか?先派ですか?



この設問要旨は,

 夏休みの宿題を 後からやりますか? 先にやってしまいますか?

というものだと捉えました。


後からやろうと思って、結局はできないで終わる人。 それが私です。。。

そんなことを何度も繰り返している内に、そんな自分であってもどうにかこなせるパターンというものが見つけられるものです。
それが表題にした、「やりたい時が、やれる時」 というメソッドです。

 ・これ何だろう? ⇒ 間髪を容(い)れずに辞書・事典・質問!
 ・ふとひらめいた! ⇒ 他の何も考えないで取り掛かる

つまり、せっかちな行動パターンならできるのですねぇ (⌒▽⌒;)
落ち着いて、立ち止まって、心の準備をして。。。などとやっていると、いつの間にかやる気消失というパターンにかなりの高確率で陥ってしまうのです。

後から とか 先に とかいう姿勢は、私の場合には 無関係のように思えます。
 後からと思っていようと、本当にやりたい&やる必要を感じているなら、いつかはやる。
 先にとか想っていようと、誰かに言われていようと、やる気がなければ結局放置かスルー。
 (形だけやっても 心ここにあらず・・・・ だと後で痕跡すら残らない ← 記憶から消え去る!)
後でも先でも、結局は自分が納得lして自分が必要を感じて、やる気にならないと(本当の意味で)やれはしない。

そんな私は、体裁を気にしているように(おそらく他人からは)見られ + 人の言う事にききわけがよい(と自分では思っている) AB型。

〆切とっくに終了テンプレ
by bucmacoto | 2007-01-27 21:05 | particle
自顔絵 そして 似顔絵
2007年 01月 26日
イラストレーターの方は凄いな~ といつも思っている私です。
字とか絵とかとにかく書くのも描くのも苦手です。< 美術で2の成績を納めた経験がある w

そんな私でも、PCで出来合いのパーツを並べるくらいなら。。。

そういう私にぴったりのものが、言 壺。さんのところで紹介されていました。
ちなみにかつて言 壺。 : にゃんこにしゃべらせてみませんか?の端正な猫ちゃんにインスピレーション
あの時はひな型がしっかりしてくれて字だけ挿入でしたが、今回は。。。美術2の本領を発揮です。
c0062295_0101474.gif
こんなのできちゃいました♪
(自画像の自己評価としては、まぁ・・・なかなかの出来かと思う ^^)
  ・・・
自画自賛とはまさしくコレなり! (爆

コチラを使いました → Engadget Japanese
 ※ 記事中段に全画面用直リンクがあります。

きっと絵心のある方だったら、同じパーツでももっともっと凄い魅力的な画風で描けるのでしょうね。

人物の顔を描画する能力は天性(遺伝子)による影響が大きいような気がします。
家族揃って絵心のなかった家に生まれ育ったから、そう思うのかも知れませんが。

プロの描く小西真奈美さんの似顔絵
by bucmacoto | 2007-01-26 20:47 |   illusion rhapsody
月に願いを
2007年 01月 25日
沈黙の夜に
sound of silence

星に願いを
mighty stars

雪の舞う夜
cool and cold night

月に願いを
Selene, Luna, Artemis

お月様に願いを届けるキャンペーンの締め切りが、一週間後に迫りました。
 ☆ この窓で開きます → セレーネ「月に願いを!」キャンペーン |JAXA
20文字以内(40byte以内)だから俳句より厳しいけど。。ぎゅうっと想いを詰めて届けてもらいましょうか。
 ☆ 〆切延長の報が入電 ☆ 1/31 ⇒ 2/28の〆切(往復はがきでは当日消印有効)に ♪
c0062295_1944062.jpg
画像元:バージニア大学天文学部 (改変者:bucmacoto)
(http://www.astro.virginia.edu/class/oconnell/astr130/lec4-f04.html)


星に願いを・・・という 小惑星イトカワへのはやぶさが運んだメッセージカプセルには間に合わなかったけれど、月への願い事は間に合ってほしいものです。

『星に願いを』 って原作者も俳優もAB型だったのですね < 無関係じゃん w

そして コラム 第13回 「星の王子さま」への旅 -小惑星が教えてくれること-


月も星も見えない夜 星が舞い降りるような 雪が舞う
by bucmacoto | 2007-01-25 20:11 | wave
老いるとはオイルではない
2007年 01月 23日
そのこころは?

油まみれになって老いてはいけないのだ。 < ちょっと(かなり?)意味不明 ^^;


ベルトが壊れた。 これは 十代の頃に買った(ような記憶がある)。
c0062295_2214408.jpg

脂肪蓄積の足跡が、まざまざと。。。
脂肪とは英語ではなんとオイルである < ファット・ユア・リアリィ?

今、使用しているマフラーは16歳の時に貰ったものだ。
22歳の時に貰った半そでポロシャツだっていまでも持っている(毎年一度は着ていると思う)。
このスキーは就職する直前に買ったもの。 だから私の半生はこのスキーと一緒だった(なんか大げさ w
c0062295_22181547.jpg

7年ほど前にメーカーへの修理に出したところ、このモデルは生産中止になって長いため修理できません とのことで、仕方なくショップチューンだけで済ませたものだ。
195cmの長さと今の基準では明らかに長すぎるが、そのお陰か十数キロの脂肪重量増を支えて平気で滑ってくれている。 滑走面にパラフィン(固形アブラ)など塗らなくても、ここの常時氷点下な雪温では問題なく快調に滑ってくれる。

アブラギッシュなだけで、すっかり足腰が弱くなり、腸内細菌叢にも善玉菌を補給するよう心がけている。
だから、一週間前にはこれを食べた。

これって 個人なら勝手だが 仕事なら犯罪だ
by bucmacoto | 2007-01-23 22:48 | wave
Copyleft 夢想
2007年 01月 23日
※ この文章は、私的解釈に過ぎません。

(C) とか © とか Copyright
この表示は、著作権者の存在を明示するものです。


日本国は法律上、著作権は著作物の創作によって生ずる自然権とされています。
この点が、特許商標のように 届出・登録を必須とする権利とは異なります。
(したがって、著作権を放棄することはできない という解釈が存在します)
極端な解釈かもしれませんが、こういった自然権というものは憲法上の生存権(基本的人権の骨格:健康で文化的な最低限の生活を営む権利)と同様に 付与された権利であると同時に義務でもある性質があります。 そう,選挙権が権利でありながら 投票行動に義務の色あいを帯びるのと似た関係です。

自らの権利を主張する以上、自分以外の権利についてもその主張を尊重するのが自然でしょう。
ところが、同じ権利についての主張でありながら、立場が異なると出発点の差(思考経路の違い)によって、非常に相手の主張に不自然さを感じることがあります。
モノ(財)を所有している権利が認められたときそれを所有権と言います。 ところで所有権を放棄する権利というのは(本源的な権利として)あるのでしょうか ?
 ・求める者がいるなら ⇒ 譲渡という手段で権利を委譲できます
 ・求める者がいないなら ⇒ 勝手な放置は、違法投棄と差がありません(ポイ捨ては止めよう)
こう並べてみるとどうも、無条件にそのような権利がある とまでは言えない気がしますね。

不足や枯渇を穴埋めする行為は委譲や寄付とみなされ、過剰に環境を汚すならゴミとなる。

所有財産として、モノと知的生産物との大きな差は、移動か複写かであるのだと思います。

モノは委譲したら元の所からは消える。 すなわち移動。
知的情報は意図的に元を消さない限り、元の所に残る。 すなわち複写。

登記であるとかの情報は、もしも所有権が移転するなら元の権利を抹消することが必須です。 それが担保されていなければ二重三重に権利が重複してしまいます。 < これははや権利とはいえない

個人を自然人(natural person)と称すようですが、自然人(市民)⇔国民(組織人)という対立概念と、Civil law(市民法=成文法) ⇔ Common law(民事的=判例法) という概念とを どう属させるのが整合するか考え出すと脳みそがウニになってまいります。

かつて、PCでのプログラム作成がPCを使用する多くの人々の"趣味"であった頃、PDS(パブリックドメインソフト)という言葉が流行りました。(著作権は日本国では放棄できないことから FSW:Free SoftWare の語に置き換えられてゆきました)
パブリック と プライベート という言葉は、プログラムでパラメータ(変数)を指定するときによく区別する必要があります。 広域変数とローカル変数という区分けが甘いととんでもないことが起こります。
公 vs. 私  仕事はどちらがメインでしょう のコメントでちょっと書いたことですが、趣味ってのはプライベート(プライバシー)として保護される類の権利でしょう。 仕事となると様々な(権利を組織は守りながら)責任を果たすことが、いわば義務として課せられています。

趣味は局所的なもの ← 個人的 or 同人的
仕事は広域かつ後始末が大切 ← 組織的 and 共有責任 < いわゆる常識(common sense)

どのような人もみんな プライバシーある個人であると同時に、社会の義務と責任とを背負う組織人です。
以前に、ボランティア立国 の記事を書いたときにも念頭にあったことですし、職場を退職する契機となった提言事件もその根底にはこの思いがあったことです
個人と組織とのバランス(いいとこ取りや変わり身ないいわけ振り撒きを防いだ 一貫性ある…いわば伝統)を調和させる点と線を捜すというのは、逃げ水を追うような作業だけれど 賽の河原の石積に似た情景だけど、避けてはいけないことなのでしょうね。


さて Copy といえば 日本語は複写(丸写し?)です。

図書館で書籍や新聞から部分的に複写(コピー)することは、著作権の侵害には当たらないとされています。 いわゆる 引用 という扱いになるそうです。
一方で全文を完全に写してしまった場合、そして第三者に渡すその行為は著作権の侵害とされます。 知的なものをドロボーしたということになるわけです。
美術書をカラーコピーで複製したり、音楽CDを丸ごと複写したりですね。

かつての聖職者のつとめに写経やバイブルの書写がありました。 これらはいわば彼(彼女)らの "おつとめ" であって、さっくりと言うなら "仕事" であった時代があるのです。
(過去の時代に宗教的な意味を含む【修行】(修道)は、本来はそれを求めていきながら辛いものだと感じてしまうものでした。 その意味でも 私は現代の修行とは、【仕事】であると思うのです)
仕事や修行の邪魔をしては憎まれます。 人の恋路の邪魔をしても憎まれます。 馬に蹴られて死んじまえと、まさしく豆腐の角に頭をぶつけるかのような言われようです(これこれぽくぽく)。

・・・もしも 権利 というものを、こう定義してしまったらどうでしょう?
邪魔をされないで、そうしてもいい ← これが権利というもの

たとえば仕事をする権利を侵害 ← 業務妨害・営業妨害
あるいは修行をする権利を侵害 ← 信教(信条)の自由を奪った 憲法違反
はたまた恋愛をする権利を侵害 ← この罪は豆腐殴打の刑に値する ^^

学習の場では完璧に’(脳みそに手足に)複写をすることは、よく修得したということ。
仕事の場では完璧に(対価を支払わずに)複写をして他人に配布したら、違法に盗用したと言うこと。
趣味の範囲(社会に情報をフィードバックさせない)なら、プライバシーと自由の名の元に黙認される。

ところで、この著作権を 「放棄はしないが 主張をしない」 というスタンスで扱ってはいけないのでしょうか?

放棄をする自由もあり、放棄をしない自由もある。 < これで良くはないのだろうか?

著作権者(著作した本人=原著作者)の権利が最強のはずなのに、二次的著作権(著作隣接権や版権)の所有者によって、制限を受けるという構図は快く思えない私です。
※ たとえば著作物を出版したとしても、頭の中のアイデア全てを(版権として)売り渡したわけではない。 ならば類似の作品が著作物として世に現れたり 再び脳内バージョンアップされて発表されることは制限されるべきではない。 (まぁ あからさまな流用だとそれも不愉快だが w)

(物理的な存在である)モノ と (知的な存在である)著作やアイデアとについて所有権という視点で区分けをすると、最大の違いは 「移動か複写か」 だと前半で書きました。

モノを複製することは、士農工商の 工(創作・作成・製作)。
モノを移動することで、商いというのは成立します。
モノの複製は大変で、移動は容易で、だから創る方が流通させる方よりも上等に扱われたのでしょう。

一方で情報の移動(を管理すること)は、とても困難になりやすい。 元の情報を消去することが移動そのものよりも高いコスト(エネルギーや労力)になりやすい気がします。
元にあった情報を無視しての複写で扱うほうが、よほどリーズナブルに運用できてしまいます。

copyleft.gifかつてPCを全く触らなくなった時期に考えました。
こっそりと隠れてやるコピーは違法性のあるコピーだけれど、堂々とコピーしても構わないのだよと互いに了承できるシンボルはないのかなって。(公正明大にコピーするから CopyLight ってね ^^)
← 左図は 自作Copyleftロゴ  公的Copyrightロゴは右図


長くなったので後は省略します。

ともあれ、パブリック・ドメインという思想,Copyleftによる協働(共同)著作の思想,Creative Commons の思想、そういった open source 的な発想にどうも私は惹かれてきたようですね。 そういえばかつては 原始共産制のような【貨幣価値主体へのアンチテーゼ】に強く感化されました。

 認識 と 評価 と 価値 と

 義務と権利と責任と

 自由という権利 と 自由による責任と

どれも(どちらも)必要で、どちらも欠かせなくて、どちらもなくしてはいけない。

Copyright を保護する姿勢と、Copyleft を育む視線と、どちらもあって前進するのかもしれない。

右足と左足と、交互に進んでゆくように ・・・ 最初の一歩がどちらであっても、必ずもうひとつの側を歩ませて人は歩いてゆくのでしょう。

&lt;削除&gt;ネチケットに則った直リンクの例&lt;/削除&gt;
by bucmacoto | 2007-01-23 21:35 | duality
りんごwin
2007年 01月 20日
そんな名前のソフトが、かつての Windows ver.3.1 時代にありました。
たしかMacフォーマットのMOを PC9801互換機(w)で読みたいからと調達した記憶があります。

Win環境の完全Mac化計画さらに後には⇒白くてMacなワイド液晶モニタでGO!

面白かったですね~ 上の記事♪

かつてのヲタクの血が、ついついムラついてしまいました。
(とはいっても CPUクロックうpや換装、モノクロ液晶信号のアナログ出力改造とか、レシピ任せしか経験ないのですが。。 しかも失敗談多いし (⌒∇⌒〃))

マック使いに憧れたけど、結局は中村正三郎チックな機能と性能至上主義な泥臭さにまみれた私にとって、上記の記事のこだわり方 ── まずはスタイル&テイスト ── という姿勢はいつも新鮮に感じるのでした。
(私も時には、真似したいとは思うけど 真似しても結局はげ落ちます。笑) < 黄色いカラスだっちゃ
post at 2007.01/20
addition on 2007.01/22


誤記っぽい後記
by bucmacoto | 2007-01-20 21:05 | wave
にはいのけがに
2007年 01月 18日
おや? おばちゃん毛ガニだね。
めずらしいね。

久しぶりにちっちゃこ~いの二杯(=二匹)だけ貰ったのさ~
それでも全部なんだよね。

いいやいや、結構なものだよ。
いや~久しぶりだな~♪
おばちゃんは食べれたの?

うーん。。 わたしゃどうしても食べたいってほうでもないからね。。
そりゃ出されたら食べるけどさ。。
いっぱい喜んで食べて貰えるほうが、食べられるカニさんも喜んでるよ。

c0062295_18154133.jpg
美味かった~

1/4ほど食べかけた途中
しかも和風ドレッシングかけた
だから色がくすんだ。

味には変わりはない。 < ブログは目だけでしょ w


by bucmacoto | 2007-01-18 18:19 | wave
YOUTH ~ 青春の詩
2007年 01月 17日
かつての連合国総司令マッカーサーが、そして松下幸之助氏が座右の銘としたといいます。

※再認識するきっかけとなったページは → サミエル・ウルマンの青春の詩

[#IMAGE|c0062295_21233267.gif|200701/17/95/|mid|1333|603#][#IMAGE|c0062295_2124512.gif|200701/17/95/|mid|512|631#]


漢文調訳詩(スクロール版)
by bucmacoto | 2007-01-17 21:51 | quote/data