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- 北の空からみなみへ -
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多数決に従うこころ 少数を捨てられない魂
2006年 01月 31日
僕にはいつだって自信なんてないのだ。

努力ってコトバを信じてはいるけれど、それだって信じようと努力しているだけなんだ。

僕の中には小人が100人いるらしい。

まいにちまいにち 一瞬一瞬,小人たちは、トーナメント戦を勝ち上がろうと、戦い続けている。

たいていの小人たちは負けちゃったら勝ち抜いた小人の応援に専念する。

いくか?/やめるか? って戦いで、いく! と決めたら 『だってさ・・・』 なんていいわけにいつまでも構っている訳にはいかないからね。

なのに、時々いつまでもいつまでも負けても負けても、復活戦を挑んでくる小人君がいるんだな。

やめよう! って決めたはずなのに、いこういこういこう って調子の駄々っこ君がね。

昔々は、こいつに敵わなかった。
以前は、こいつを閉じ込めちゃった。
この前は、こいつに好き勝手させてみた。

どれもこれもうまくいかなかったなあ。

高校担任が この公立医大なら頑張れば入れるかもって 面談に来た時には家から逃げ出しちゃった。 < そんな責任ある仕事は嫌だって駄々こねられた。
あ~,あくまで 【頑張れば】 ということでしたので・・・共通一次(現センター試験)出発前日にマージャンしてたり、英語でサイコロ以下の点数とるような人間には どだい無理な相談ョ
閉じ込めたから、入信なんてことができたんだろうね。
好き勝手にさせてみたから、まぁ失業給付金をたっぷりといただけたわけだ。

いつだって、勝てないくせに、負けられない小人が、私の中にいる。

いつでも、負けないのに、他の小人を説得しきれない君がいる。

いつもこころの中の多数決で、僕はなんでも決めるけど、
君は専制君主にもなれず、主君に従うサムライにもなりきれない。

そんな君が、自分の中にいつもいるから、僕は自信なんてない。
そんな君が、僕の中でいつもいるから、僕は僕なんだと断言しよう。

そんな私を、
「押しの強さは、O型に見える」
こう評した、女性職員が昔いた。

組織に従う意志の強さは、犬か狼に思えるらしい。
組織に頼れない信頼感の欠如は、自分では猫型かと思うのだ。


absinth書言い訳じゃないよ ほんとのこと。 みて書きたくなったんだけれど、
干支?に、〆切と~っくに過ぎた トラックバック。

☆ °・ ‥ . ゜ 。 ° : ゜★ 血液型TB第12弾 ★ ・ 。 * ゜・ :゜ ☆。* +

あなたならどっち?

 第12弾  お題 
 「あなたは犬派?猫派?」
 お題にそった記事を こちらまでTBして下さい。
 締め切りは1月22日とします
 テンプレと一緒に 必ずあなたの血液型も 記入してください
 追記
 血液型公表したくない方、
 自分の血液型を知らない方は『自由型』で参加可です 

 ※誰でも参加出来るように
   このテンプレを記事の最後にコピペしてください
 企画元 明日 晴れるといいな 
* + ☆ °・ ‥ . ゜ ★ 。 ° : ゜ ・ 。 * ゜・ :゜ ☆。 : ’ * + ☆ °・ ‥ .

家族4名がABな中で、『一番B型が強い』 と言われた私は、
紛れもない AB型

献血30回記念品を以前もらってますから、日赤の間違いでない限り、エビ型です。

  ・・・頭の回転速度は、カメ型ですけど・・・ 〆切違反の常習だし・・・

  亀の頭でエビ って,,,しもに走ったおちでわにゃい ww
by bucmacoto | 2006-01-31 21:48 |   illusion rhapsody
包装
2006年 01月 29日
昔むかし、「はじめに言葉ありき」 という記述に強い違和感を持ちました。

小さな頃から、けっこうな活字中毒者で、ものの名前とか感情を示す言葉の使い分けを区別することは敏感でした。 < これを、単純に表現すれば、生意気で理屈っぽい(笑)
当然のように、似た言葉で正反対の意味/同じ言葉にある温度差/正反対の表現に潜む同じ存在、といったものに関心を持つことが多かったように思っています。

名前の組み合わせ + 感覚の共有 = 言葉の(道具としての)役割

そういう思考の枠組みを持っているから、「言葉で何かを表す ≠ 存在そのもの」 なんだって思いました。
私にとって言葉は、ラベル,レッテル,包装,(まとめられた)単位 といったもので、存在そのもの(実在)ではなかったのです。


うつろなもの に示したように、実際に存在していなくとも 名前は存在できます。
空想に過ぎなくとも、感覚と違和感がなければ その言葉が示す概念は共有できます。
過去の例なら,大地=地球はどこまでも平坦で、星も月も太陽も 天空を進んでいる。。 みたいに
名前と感覚とを、文章(ことば)によって、あるいは絵によって、伝えたり送ったりしているのです。


そういう感覚が強い私タイプの人間にとって、女性達が「デパートの包装紙を取り置きして、自分が贈る時に使う」 という感覚は理解しがたい(より正確には 理解できるが納得し難い)ものでした。

それっていかさまじゃねーか?
相手に気持ちよく喜んでもらいたい? ・・・ 相手に少しでもよく思われたいだけじゃね?
受け取った時の気分よりも、使用感が大事なんだから、同じものなら包装は関係ねーじゃん?

しかししかし、包装で 中身や贈り主の思い入れの深さを推し量るという行為と、言葉から そのコトバを発した人の心の内を読み取るという行為とは、ほとんど同じかとも今は思えるのでした。

そう,カネがないから、時間をかける。< あかちゃ×本舗まで行って 3越の包装を施す
 同じカネで より使用感の好いものを、受け取った気分を損ねずに。
そういうのも、思いを込めるひとつの工夫なのでしょうね。。。

でもね~。 こういった行為は、教育上はどうなんでしょう。。。
でっち上げ容認の風土を育みそうで、やっぱりいやだなぁ。

包装する能力が、低い人間のひがみかなぁ。。(笑)
 * 子供の頃,店の手伝いでやらされたのに、私は結局 うまくなれなかったヒトでした。
by bucmacoto | 2006-01-29 23:03 | duality
これがすきでした
2006年 01月 27日
地球儀をくるくる回すこと

 ひとめぐり周って、おんなじ光景が巡ってくること。
 同じはずなのに、いつも新たな発見があったこと。

おじさんの手を握っての、後ろまわり

 手に力を込め、ズボンに足をかけながらお腹まで駆け上り、
 くるりとひっくり返って着地すること。

雪の坂の滑降

 お尻で滑り降りたり、竹スキーにはらはらしたり、暴走なスキーだったり、
 寒風に涙がちょちょ切れたりしたって、気持ちよかった。

きらいなものをすきになること

 肉がきらいでした < すじで喉がつまるから
 魚がきらいでした < 骨をよけるのは面倒で、手抜きで食べたら突き刺さって
 野菜がきらいでした < 味なんてないか,変な匂いがするばかり

 どれもすきになりました


すきになれないこともあります

それは、すきだったものを 嫌いになってしまうこと...
by bucmacoto | 2006-01-27 18:22 | wave
ふれ あい ゆる?
2006年 01月 26日
「触れ合うけれど許せない」
なんて乾いたものかと思う

「許してもらえるように愛想振りまく」
それってこん畜生だと思っているから?

「気付いているから見守ろう」
これは我慢なのか諦めなのか

「気付きすぎるから傷つきすぎる」
おやおや、涙でレンズが曇ってますよ。


こころ と こころ は ことば でふれあい

ことば と こころ は おもい をあわせる

ゆるしたり ゆるめたり ゆらぎながら
ゆるがないものを 求めてめぐりゆく


ことばは先に立つと,思いは後から引きずられます。

思いは言葉の額縁がないと,次から次へと消えてゆきます。

ことばは、重ねる必要がない言葉ほど、きちんと独立しているのです。

独りぼっちではないのに、気持ちに寄り添う、そんなことばはね。

* ぷらうすさんの つながる へ TrackBack

by bucmacoto | 2006-01-26 18:41 | duality
ここはどこ? 地球ぐるぐる
2006年 01月 26日
エキブロ新聞から、グーグルアースでびっくり の記事をみて、早速導入しました。> Google Earth

子供の頃、地球儀を回すのってかなりの人が大好きだったと思うのですが、この地球モデルは南北の地軸に固定しないでぐるぐる回せます。
さらにさらに、天空から見下ろす高度(地球表面からの鳥瞰角度)を かなり自由に移動できます。

という、アトム,アポロ11号,宇宙戦艦ヤマトで育った中年(!)わくわく仕様の無料ソフト。
英語版のみの公開ながら、窓版&林檎版完備です。
 3Dレンダリング環境はOpenGLもサポートしており、DirectXに難点ある旧機種でも動作可能か?

んで、いつもの衛星画像とは違った角度から、日本領土を眺めると...

ここは、どこでしょう? (沖縄とちょっと似てますが)
c0062295_23155826.jpg

↓ わからなかったら見てみてください(画像でかいままいっぱいアップ・・・重いです・・・ ^^;)

where is here ?
by bucmacoto | 2006-01-26 13:42 | particle
ちょいと戯言
2006年 01月 23日
僕の死体は、命の亡骸。

死んだ体は、生きた後の残りかすなんだ。

そうだよ。 命のうんこなんだ。


だからね。

みんなの通り道に放置したり、容器に詰め込んだりしないで欲しい。

だって、うんこなんだから。


解毒して川に流すのもいいし、地球に戻らないように宇宙投棄してもいいよ。

もしも、命の残りかすが、新たな命の肥料となるなら,

解剖したっていいし、移植してもらえたっていい。


カスでも、肥料になれるなら、それがいい。
by bucmacoto | 2006-01-23 23:45 |   pre/pro
空間(体性感覚)をきることば
2006年 01月 23日
北海道人は 手袋を 「はく」 と言う。
内地の方々は 手袋は 「はめる」 と言いたいらしい。
靴下ではないのだから ということらしい。

手袋と対語になりそうな言葉は足袋(たび)。
靴下は英語(Socks)の翻訳語なのだろう。
靴の内側なのに、足の下なのに、靴下なのはなぜ?

内側 と 外側
中心に近いほうと、中心から離れるほう。
内張りと下張りとは 似たニュアンスを感じる。
外張りと上塗りとには 似通った感覚を伴う。

韓国語ではズボンは着る(ipta),膝下だと履く(sinta) だという。
首から上は日本語も韓国語もかぶる(ssuta)らしい。
 * これは今借りている もし「右」や「左」がなかったら~言語人類学への招待(井上京子)より引用

私の育った感覚では、
南へ向かう=海へ向かう
北へ向かう=山へ向かう
東に向かう=川へ向かう
西へ向かう=街や神社へ向かう
という感覚が存在しています。

見上げる上空は北という感覚(北極星が高いから?)がある。
南の空には水平な感覚が宿る。(冬は南中高度も低いから?)

本心とか魂とかの感覚は、より内側になるにつれ深いものだと感じる。
頭で考えるより、喉からの声に
声にならなくとも、胸の奥に
開襟を開いたとて、そのさらに奥深く腹の底に
だんだんと 内側にゆくにつれ 下側で命を支えている部位が出てくる気がします。

腹の虫がおさまらねぇ! ← 刑事事件がおきたり 精神が錯乱しそう
胸の鼓動が激しい ← 運動でないなら 恋か 恐怖か パニックでしょうか
大声を上げて泣き叫びたい ← 布団をかぶってやりましょう
頭が湯気を上げて猛烈激怒 ← 泳ぎにいかれたらいかがでしょう

頭が熱いなら カリカリしてる。
頬が火照るなら ほかほかかっかしてる
胸が高鳴るなら どきどき か わくわく
腹が重いなら、ゴロゴロし始めか 上のふわふわしたものが凝り固まったもの

ラテンに源をもつAnterior(前方・前面)という英語は、対峙する感覚が伴う。
一方のPosterior(後方・後面)という英語は、無視したり背を向けるカラダの部分。
inferior(内則)となると、端っこ(lateral)側ではないという感じ。


最初の手袋の感覚だが、きっちりしたドライバーグラブや礼装白手袋なら「はめる」。
むしろ足であっても、スケート靴やスキー靴のようにかっちりしたものは「はめる」では?
とうわけで、毛糸のぼっこの手袋なんかは、「はく」ほうが日常な装着感があってぴったりと来るように感じてしまうのです。

私の感覚を手袋について集めると、
 野球グローブ はめる
 スキーグラブ はめる/つける
 バイクグラブ はく/つける
 軍手 つける/はく
 毛糸の手袋 はく
 掃除用ゴム手袋 はく/はめる
 手技用ゴム手 はめる/つける
 指サック はめる/つける
 ホットラボのマイクログローブ いれる
 手指保護スプレー つける/塗る
なんとなく分けているもんなんですね~。

そういえば、ベッドに上って、上半身を起こした方に、
「もうすこし後ろへ上がってください。」 というと,
この街ではかなりの人が、足のほうへ進みます(下がってしまう)。
ベッドにあがる時に一度四つんばいになりたがる方(お布団生活の人)にこれは多いようです。
半座位で上というと、 自分が四つんばいになっての前 = 足側だとかんじるのかもしれません。

わかりにくいので、整理しなおし。
by bucmacoto | 2006-01-23 00:27 | wave
計算に手間取る
2006年 01月 22日
計算する能力って、使わないと低下するのは間違いないらしい。

先週、並列な電気回路の抵抗値を、キルヒホッフの法則から演繹的に求めようとして、なんと3日もかかってしまいました。。
数学的には算数に毛の生えた程度の代数でしたのに。。。がく~ orz...

昔、ここは公式の丸暗記だけで済ませていた部分だからでしょうね。

ちなみに、私は丸暗記というものが苦手でした。
大学入試(国立工学部電子工学科)の時に、物理科目試験の真最中に公式を導く作業をやっていたという大うつけです。(笑)
ええ、合格にはなりましたよ。(自慢?) ・・・ 三流と呼ばれる所でしたから・・(名前はマル秘 ^^)
本当の希望進路は 保父だった(極貧と聞いて断念)ので、結局は人間とマシンとどちらも学べる進路を選択したのでした。

そんな経緯があって、内心では演繹する力はあるものだと自負しておりましたが、どうもそれは事実誤認であったことが今回判明いたしました。

理系技術者がこんなんで大丈夫か?
by bucmacoto | 2006-01-22 21:27 | particle
うつつなゆめ (Ver.なんとなく.もうろう)
2006年 01月 22日
署名なき誓約


岩を貫通した一念


朱に交われど染まらなぬ色


水を得た種


常識豊富な専門家


隠されても消えなかった 蛇つかい座


誰にも迷惑のない自己満足


星になった人


困惑顔に透ける 嬉しい笑み


無包装なままの磨きぬかれたことば


うつろなもの と向かい合わせなうつつたち

* なんとなく つかみどころないから ゆめ
もうろうながら つかめているから うつつ*

by bucmacoto | 2006-01-22 08:58 | wave
1 = 0.99999999999999…………
2006年 01月 21日
小学校の時に、算数の時間に教わりました。

0.999999… とずーーっと続く無限小数は、1と「完全に」同じことだと。

このことを時間をかけて、よく分るまで説明してもらえたから、後年の微積分の概念をスムーズに理解できました。 (数ⅡB は苦戦しましたが、数Ⅲや応用数学は容易に頑張れました。)

当時の説明を、簡潔に再現するなら。
 最初に 元の数(=0.999999…)を10倍して、その数から元の数を引く。
   10N - N = 9N
 その次に、その数を9で割る。
   9N ÷ 9
 すると元の数になる。
   ⇒ N
というものでした

十倍数 10N = 9.99999999999999... (無限に続く)
元の数   N = 0.99999999999999... (これもどこまでも)
差し引くと 9N = 9.00000000000000... (ずっとずっと零が並ぶ)
9で割ると、 N = 1.00000000000000... (ぴったりとおんなじ)

鈍い私は、直感的なやり方で、すとんと腑に落ちた。

世の中に 「完全(無欠)」なものなどないのだと、十代の頃から思い続けてきました。
【絶対】なんて 『絶対に』ない。 < レトリックでなくそう信じてました。(おそらくは今も)

絶対性とは = 基準を定められた(普遍なor妥当な)相対度数

こう言い切ってほとんど構わないと思っています。
指の関節間隔や歩幅で、寸や尺/インチやフィートが定められ、後年に地球の1/4円周を1万メートルと定めました。
10cmの立方体の水重量は、キログラムの原型となりました。
地球が太陽を一回りすると年,飛球がくるりと自分で一回転すると日,一日を12等分すると 子丑寅卯・・・
 そういや、うしみつ時って、ウシの刻(午前二時から始まる)の3番目(四等分の三つ目)だから、午前三時~三時半にあたるんだっけ?
  ↑ いいぇ! 午前2時を中心とした2時間ですので、2:00~2:30 になります。

基準があって、相対的な変化も絶対的な意味になります。
客観的な基準を選ぶために、より大きなもの、変化がより無い(不変で恒常な)ものを比較の対象にして、人は何が正しいかを決めるのでしょう。きちんと(正しい) ・・・・ ってなあに?

時代が変われば、基準も変遷します。
フロイトの時代には精神異常行動を示す記述として、口唇性交があったりしました。
今では、ヘルペスウィルス(口唇に多いⅠ型と性器に多いⅡ型)の分布が、世界的に混合傾向にあるといいます。


時代が変わっても、人の心の中(脳内の認識パターン)は変わりにくいのでしょう。
私の祖父母が死ぬまで、孫の身長xxxセンチメートルを うん尺うん寸 に換算して理解したように、成長期に憶えこんだ計量単位は感覚となってその人が生きる限り、脳内では生き続けてゆくのでしょう。

地球の円周は4万キロメートルのままですが、40000キロメートルであると言ったら間違いになります。
(wiki によると、赤道方向で約40,075.161m 子午線方向で約40,008.006m だそう)
一日は、24時間=86400秒ですが、最近は8640秒(うるう秒)のこともあります。

日常的な尺度
 → 相対的(スケールの大きな普遍的)な尺度
  → 絶対的(揺るがない精密なスケール)な尺度
尺度は変わり、値の誤差が明確になっても、基本の関係は変わらない。 < これが正しいということ
一貫していることを求める この情熱を、いつまでもどこまでも失くさないでいる人に 私は昔から憧れる傾向があります。

その一方で(逆説的ですが)、他人の心理に 無矛盾を要求したり陰口する人は、敬遠するようにしています
この理由は、精神を病む人の身近にはかなり多く、【全か無か】式に追い詰めたり、反対にちぐはぐな矛盾だらけの内容を【これが絶対に正しい】という強要(虐待や暴力を含む)姿勢を持つ者がいるように思えた経験からです。

言葉はラベルです。中身そのものではないと思うのです。

アルコールの入ったビンがあって、「アルコール」と書いてあったとします。
 中身はお酒(5~45%エタノール)かも知れません。
 呑むと網膜を損傷するメタノール混じりの工業用アルコールかも知れません。
 無油で金属清掃すると表面酸化させかねない水分を含んだ消毒用アルコールかもしれません。
 99.999%の無水エタノールだって、金属やすりガラスの薬瓶蓋では一日もすれば空気中の水分を取り込んで、98%くらいにまで純度が低下していることでしょう。
名前(言葉)ラベルは、現実世界では実際の中身を完全に示してはいないのです。
(それでも目的に合致して、誤認が防げる表記であるならば妥当)

・・・ ん? なんか話がずれてきた(笑)

実際に完全なもの(純度100.0000000%)は非常に困難でしょう。(不純物が同居する)
限りなく不純物を 0.00000・・・%へと近づけることがこの場合に 完全を目指すということです。
偶発的な成分(副産物生成や容器外成分混入)を、ひとつまたひとつと桁を落としてゆくことです。

概念では容易に純粋な完全さ を語ることができますが、それを現実の物質で調合するのは、スカベンジャーで共沈させたりろ過したり蒸留したりして、やっと得られます。
(これは、半機械的な厳密な制御手続きを経て、得られるものです。)
物質のような単純なモノですら、完全なものは手に入りにくい。

まして,認知には未知なる事の多い精巧な生命とか脳とかだと、どれが正しい状態なのか基準は曖昧になってしまします。(日常で人間の思考や行動をそこまで度数計測はできない)
そこで、比較基準となるのは「過去の自分」 または 「周囲の人間(過去の社会規範)」 ということになるのでしょう。

それまでの積み重ねを基準にして、正常とか異常を計測したり計量しながら脳(本能も含む)は信号を連鎖させてゆきます。

取り込んだものをそのままロスなく放出することは、入力と出力とが完全に一致しているという意味で 「応答特性=1」

入力波形と出力波形が、完全に同じ(厳密に表現するなら相似)であるなら、その系の応答関数は完全にフラットであると言えます。

入出力位相がずれている(波形の形は変わらずに、タイミングだけがずれている)のは、応答関数1+Θi(プラス虚数成分)なのだそうです。


小学校レベルでも、1.00000 は教わること・理解することは可能ですけれど、時間のずれを精密に測ること(虚数成分まで計測する)の意味を、本当に理解できるようになることは、(象徴的な意味合いで)大人になるってことなのかも知れません。
*初投稿:2006.01/16
直近校正:2007.01/20


愚直に繰り返し
by bucmacoto | 2006-01-21 18:21 | duality