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- 北の空からみなみへ -
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慎み vs. 誇り
2005年 11月 27日
梨下に冠を正さず
 (りかにかんむりをたださず : 李下不正冠)

たわわに実った李(すもも)の下で、帽子を手直しするな < 泥棒と疑われる

瓜田に履を納れず
 (かでんにくつをいれず : 瓜田不納履)

スイカ畑に入っては、靴紐を結びなおすな < スイカを盗っていると思われる

この語句は、昔 学校の教科書にも載っていたという。
ところが、私には全く習った憶えがない。
習わなかったのか、習ったが忘れたのか、どちらであるかは不明です。

他人の目を気にしなさい・・・・ < これは、今の私の好みではない考え方です。
*その一方で、人目を無視するような考え方を、好んでいるわけではありません。
自分の行為は「誰か」が見ているもの という感覚は有用だと思います。 見まもられているという安心感 + 注視されているとう緊張感。 ふたつが混じって存在する感覚。 それは自分への薬として役立ちます。
けれども、(自分の意図しない)解釈をされる心配ばかりをしなさいという論法は正しいとは思えないのです。


比較という脳の機能は、知能の根幹にある気がします。
 どちらが重いか、天秤にかけて。
 分銅いくつ分と 釣り合うのか、正確に量って。
 周囲の環境が変われば バランスが変わるのかで、密度を比較して。
計測も判断も、比べなければ始まらない。 比較基準がしっかりしないと、明確さがない。

成長途上にあっては、他人の判断力を吸収するというのは 不可避(というよりむしろ積極的に精力的にわがものとすることがが必要)なものです。
自分の内側に、しっかりとした(けれど独りよがりではない)モノサシを置いてゆくことが、(教育というものの)大切な目的の一つでしょう。

その外部基準を 内部基準としてが内在化する 「基準」 が、バランスよく(事実と整合するようで)ないと、
 「世間」であったり、「神の律法」であったり、「科学的エビデンス」であったり ・・・ いろいろ…

度量法によって日本は世界標準(ISO:世界標準化機構)準拠で メートル・キログラムを使っています。
 (米国が 独自規格に固辞し続けているのは つとに有名なことです)
 工業分野では、物理量でなので、共通する(isos:ギリシャ語で平等の,等しい,同なじ)測り方ができるのでしょう。
匁(もんめ)とか 尺,間(けん:6尺),坪 とかってのも、日本人サイズで使いやすいのですけど。

これが、感情の共通したモノサシに(愛情度 xxラヴとか、満足度 xxサティスとか)できないことが、
脳内の働き(こころ)を 「誰にでもわかる」(共有する) ことを難しくしてるように感じます。
* 単一の尺度(例えばひとつの宗教が完全に世界を満たす)であれば、そのようなことが可能であるという錯覚を、いつの間にか持ってしまいやすいことが、宗教のひとつの問題点。

けれど、確かにそういった 「心(脳に溢れ来る感情)を鍛える」ということも いろんな形で経験しなくては、こころは育たないのも事実なのですよね。


自分自身に、しっかりと根付いた 比較判断基準は
 慎みとなって
 誇りとなって
自分自身の 支えになってくれることでしょう。


ええ ええ,そうですとも。 自分のことは棚に上げて、こういう文章は書くものです w
初稿:2005.11/14
補遺:2005.11/21,23
公開:2005.11/27
編集:2006.5/21


人目を気にする(他人の価値観にとらわれる)
by bucmacoto | 2005-11-27 18:36 | duality
パズル解き
2005年 11月 25日
先々週の週末に、自宅に戻ったときに 小学生の娘がプリントを見せてくれた。
数独(ナンバープレイス)のプリントでした。
以前、妹がはまっていたこともあったが、一週間ほどの間 私もハマってしまった。

結局、簡単クラス~普通クラスなら解けるが、Hardになるとやり直すことが多く、Superになると一時間かけてもお手上げになることが自覚できた。
ちなみに、以前に妹の問題をやったら、まったく太刀打ちできなかった。
農家のおばちゃんとなっても、小学校時代に オール5 を取っていただけの事はある。
 かないません!! \( ̄□ ̄)/ハハァー!!m(_ _)m
私は、頭の回転は鈍いが 根気よくやれるほうなので、カメさんタイプだと自認しているのですが、解けないものは解けない(知能指数不足?・・・涙)
この解けない数独問題を、PCプログラムに解かせると ・ ・ ・ あぁぁぁ…一瞬で回答を示してくれる。

なんだかなぁ・・・十時間以上も問題解くのに、費やしたけれどもやる気が失せちまったい(笑)

しかし、このところの訓練で、ちょっとは脳みそがパズル問題を解くようになったかと、久しぶりに IQテストにチャレンジしてみた。

結果はこちらに(過去の結果も公開)
by bucmacoto | 2005-11-25 21:40 | particle
不思議なエキサイト共通拒否設定
2005年 11月 23日
スパムURLを拒否設定にしようとすると、↓ こんなのが出ることがある。
c0062295_216459.jpg

つまりは、すでにエキサイトのシステム側で拒否してますよ,ユーザーの側に届かないようにブロックする設定になってるから個別に登録しなくていいですよ。 < こういうことなのだろう。。。

それなのに、なんで スパムが来るのかな~~ (?_?)
親URLだけでなく http://xx.xxx.com/xxxx/xxxx.html まで書かないと働かないとか・・・
 そんなのじゃ、イミないじゃん~~。むぅ~~(○`ε´○)
by bucmacoto | 2005-11-23 21:09 | particle
promised priority
2005年 11月 23日
下宿先では、日曜・休日の食事はお休みとなります。(入浴も同様)
いつもは前日に、パンを購入して朝食として食べています。
半額とかの割引パンに慣れてしまうと、平価で買う気にはなれません。
これって,貧しいでしょうか?(笑)

今朝は久~~~しぶりに、シリアルに牛乳ぶっかけという朝食でした。
子供の頃、テレビCMで流れる「ケロッGの朝ごはん」というフレーズに、憬れた朝食です ^^
家業で昔はパンを作っていたのに、小麦系の食事は珍しかったのを憶えています。
アンパンすら、食べられるのは 売れ残りで硬くなったものだけ・・・油で揚げた手製アンドーナツは美味しかったですが(お試しあれ! 高温でからりと揚げるのがコツ)

田舎で、おやつに食べたものには、余りもの/ハネもの が多かったですね。
畑でもぎ取って持ち帰り、兄弟で「サンタのひげじゃ~」とふざけながら、そのままゆで上したとうもろこしは、とってもチーブだけれどうまかったです。
・・・というか、ケーキの耳(端の切り落とし)とか,水蟹(身の入りきっていない脱皮直後のカニ)くらいしか、ご馳走が口に入らなかった時代のことです。

今は、海産物も農産物も、漁協や農協の管理によって、「おすそ分け」することはいけないらしい。
対価を得ていなくても、横流し 視されるみたいですね。
 夕張メ□ンみたいに、良玉を厳選することによってブランド価値を維持する。
 大漁時のサンマみたいに、漁獲を絞ることで 値付けの暴落を防ぐ。
このような組織的な戦略下では、個人の善意や好意は、同業者の足を引っ張る行為だと見られがちです。

【プロレタリアート(労働者)よ団結せよ】
マルクスによって共産党宣言でこのようにうたわれた、仲間を守れ・孤立するなという叫び。
 搾取(騙しに近い強制労働)を受けているのは、対応がばらばらだからだ。
 ブルジョア階級のみせかけの優しさは、我々を分断するための虚構だ。
そういう面もあったとも思える。(過去のことだから文章しか残っていないけれど)

それでも、個人的な思いであるけれど,
 人が人を思いやる気持ち
 人が人の思いやりを感じ取れるこころ
それを 残しながらの 「組織」 と 「ルール」 であって欲しいよなぁ・・・


仕事に私情を挟まない。
 組織を優先
 ルールを守る
これは第一段階。

組織は目的を守る
 病院ならば、患者が中心。
 サービス業ならば、顧客が優先。
 ルールは 組織防衛のためではなく、組織目的(患者なり顧客)のためにある。
これは、あたり前。。。と、思いたいのだが。。


てぇと・・・マイナス段階ってのは
 組織のルールを、私情のために曲げる。
 立場のために、組織を私的に運用する。
 ルールと秩序の名のもとに、組織目的より運用手段の優先を強いる。
公と私とを、不明確にしていくやり方か, あるいは私的良心を踏みにじるやり方かぁ...

個人的に おまけしたり,ハネものを分け与えることは、組織にとっては好ましくないことです。
いけないことです。

だからこそ、
 配給外なのに、飢えたよその子に 「内緒だよ」 と与えられた白米のおむすび
 残念ながら、ここでは期待に添えないと言いながら、私信として渡された紹介状
そんなエピソードに、私はこころ動かされるのだと思う。

* 注記 *
by bucmacoto | 2005-11-23 12:37 | particle
serenity
2005年 11月 21日
セレニティの祈り(ニーパーの祈り/平安の祈り)

この serenity そして serene(落ち着いた 澄みきった 穏やかな) という言葉の意味は、
日本語(仏教用語由来)の 悟り とほぼ同義語だと思えます。

おそれを超えた平安さとは、臆病を乗り越えた勇気の異名なのかもしれません。
 * 越え方にも、通り過ぎる/取り組むが諦めて離脱/解決提示とロードマップを受け入れられる...いろいろな越え方がある。(私が許容できないのは洗脳して去るようなやり方)

そういうバランス感覚はいやなヤツと思われることも多いのかも。。。

優秀なだけで 冷たく思われる,
不器用なだけで 怖がられる,
同内容のことを別な言葉で表現していると それは間違った考えだと金きり心が睨みつける。
どれにもついつい、不条理だと いう憤りがこみ上げてしまうことが多い。

たとえ、朝夕のお勤めを欠かさなくとも、祈りを重ねていても、異端と敵とラベルが貼れるようなら排除心理が、あるがままの姿を見失わせるのだな。。。
そんな考えを思い出しました。

1963年 「I have a dream ・・・」で始まるキング牧師演説も大好きです。
私は、肌の色も 生活習慣も 価値観すら異なる人々が、同じテーブルにすわり、談笑をし、時には議論があって、そうして静かに次の再開を約束する姿を、ただそれだけで 素晴らしいと思うのです。


小3の娘が昨夜電話の向こう側で言った言葉
「パパ,子供は親の背中を見て育つんだよ。」
モラルも倫理も価値観も、親から受け継ぐ容れものに いびつな形ばかり詰め込まないで、小さくともきれいなどこにでも通用するものばかりを、拾い上げておくれと祈った。

More
by bucmacoto | 2005-11-21 22:43 | wave
難しいことを ・・・ 楽しく
2005年 11月 21日
難しいことを やさしく
 やさしいことを 深く
  深いことを 楽しく


ホリプロ(芸能プロ@東京都目黒区下目黒)の社是と、過日に新聞のコラムにありました
どんな職業の世界でも、通じるものってのは似通うのかな...という感じで印象深かったです。

物理でも数論でも化学でも、難しそうに見えたり 高度過ぎると感じることがあります。
ところが、理解が進むと意外にも単純なことの組み合わせだと思えるものです。
つまりは、馴染んでいないから 難しくて面白くないという印象があるのでしょう。

私が物事をよく習えた先生・先輩というのは、このあたりの力加減をよく分った方々です。

一見すると難しいことを、ざっくりと切り分けて、さあ組み立ててごらんよ! < こんな感じ
 適当な大きさなので 組み上げるのは簡単で、
 普遍な切り方なので 猿真似してより細かく分割するのも容易で。

 少しだけ進むと、同じような それでいて完全に同じではなくて、
 いっぱい進んでも、偉くなったと勘違いしなくてもいいほどに ありふれて。

 納得させる技術ではなく,頑張ってなんとか到達する…そんな理解でもなくて、
 自然に 無理なく そうしていつまでも残る。 < これは普遍性があるからだろう

強いて勉める=「勉強」 ってのは苦手な私でしたが、
自然に応用力がつく 『学び』 は楽しいものでした。


中学に入って一時期、フォークギターにハマったことがあります。
好きというよりも、流行に乗り遅れるから・・・というような消極的な理由だった気もします。 ^^;
子供じみた替え歌作り(シモネタとか ^^)などもよくやりました。
その後年に 流行ったフォークソング
関白宣言 さだまさし作詞作曲

私ゃ 亭主関白 というコトバよりも かかあ天下 というコトバのほうが、実生活感があったなぁ…
戦後、離婚率上位の北海道(*)生まれだからかなぁ…

「戦後,靴下と女は強くなった」

といいます。(古っっ;)
昭和は遠くなりにけり・・・(笑)

いやいや 女が強くなったのではなく 男が弱くなったのだ < なんてぇコトバもありそうですが
女兄弟がいた実感では、「女は家では強いが、外にはか弱く見せもの」 < コレが実態かとw
*被害者であることを強調するのが得意なのは、女性に限るとは言いません。


*今現在 私の下宿住まいしている街では、
  前年の離婚数/前年の結婚数 ≒ 6割

いくら北海道でも 多すぎると思う。。。


え~ん...楽しく終わらなかった~~ (ノω・、) うぅ・・・
by bucmacoto | 2005-11-21 21:42 |   illusion rhapsody
しわよせ と 折り目
2005年 11月 20日
怒りを牙にして、剥き出しちゃあいけないね。
 それは自分の中に巣食った「こわさ」に飲み込まれた証拠。

悲しみを顕わに、投げ散らかしてはいけないね。
 それは相手に投影された己の「無情さ」。

自分が大切なものをまっすぐにしたいから、
 しわを端によせる
中心におく位置だけは 滑らかに 柔らかく。


何を中心におくべきか?
何を重心としたいのか?
何が真実の値なのか?

無限大の平均中央を、真であると仮定するのが妥当なのか?


命を中心にしたい ・・・ 命は平等なのか公平に扱うものなのか
 虫の命と 人の命と 比べるのはそぐわないけれど
 人の命を 虫の命と同じに扱うのは許せないけれど
自分の不満のはけ口に生命を弄ぶことこそは許せない。

心を重心としたい ・・・ 心とはムードなのか スピリットなのか はたまたマインドか?
 ふわりと一瞬に風向きが変わるこころは、ムードに揺らめく感情と呼ぼうか。
 しっかりと基礎に根ざして、根こそぎでなければ変わらない心は、意志と呼ぼうか。


心の折り返し点は
 心の秋分点
 心の春分点
あつさとさむさの重心点


 こころなんていっそ、
皮膚を鎧のように固めるアイテムにしてしまうか.
 そうしたら
ササクレた指のように 固いこころになるのかな。

怒りの剣抜 き切りつけたとしても
 相手の内に秘められた惧れを開くだけ
 空っぽな空洞に沈んだ 澱闇を呷るだけ


初稿:<しぐさに むっとした>2005.5/11
補遺:2005.7/7
改題:2005.8/18
公開:2005.11/20
コメント/TBクローズ:2005.11/21


批判はしても 否定はしない
by bucmacoto | 2005-11-20 19:07 | duality
old music
2005年 11月 17日
ヴィ・エィ・シー・エィ・ティ・アイ・オゥ・エヌ ♪ で始まる コニー・フランシスの歌う Vacation

あれって、1963年の発売だったのですね。
書店で 見かけて、490円の価格につい衝動買い。
Golden POPS
(勢いついでに、夢のカリフォルニア収録につられて 1390円もする2号も買ってしまった ^^;)

この1963年の年表が、かなり懐かしかったです。
1月
 手塚治虫製作 日本で始めてのテレビアニメ 「鉄腕アトム」放映開始
4月
 バナナ輸入自由化
 日本初の横断歩道橋(国鉄大阪駅前)
5月
 横綱大鵬が6場所連続優勝
6月
 黒部川第四発電所(黒四ダム)が完成
 女性宇宙飛行士(テレシコワ・ソ連) 「わたしはカモメ」
7月
 日本初のハイウェイ(名神高速道路)開通
8月
 キング牧師 「I have a dream・・・」 の演説 
 南ベトナム戒厳令(ベトナム戦争泥沼化)
10月
 東海村で原子力発電がスタート
 テレビアニメ 「鉄人28号」 が始まる
11月
 ケネディ大統領暗殺@ダラス < 初のテレビ宇宙中継の第一報
 伊藤博文の千円札発行
巨人のON砲(3番:王,4番:長島)が定着した年でもあったという。


ヘイ・ポーラ,サーフィン・U.S.A.なども懐かしく聞けました。
・・・って,この頃はまだ物心ついていないはず...ww
by bucmacoto | 2005-11-17 23:59 | wave
old post office 1
2005年 11月 13日
風おくる箱。

Click to Magnified picture

c0062295_21155017.jpg伝言 / らくがき
メモ帳 / 書付

なにかありましたら ここに書いてくださいね。

文句 いちゃもんも ここへどうぞ。
 (削除されても 文句は言わないでくださいね ♪)

英文の一行コメントはスパムとして扱い駆除(削除と拒否ID登録)します。
build : 2005.4/17
move onto Writing : 2005.11/13

週末は学会参加・自宅の用事で無アクセスでした。
でも,コメントもなかった...(笑)

デジカメは昇天です。
デジタルVTRも娘のピアノは発表会を控え、自宅に置いてまいりました。
手元が寂しいなぁ。。

Old Pict (クリッカブルフォト)
by bucmacoto | 2005-11-13 21:21 |   retro/post
続 : モモ / Michael Ende
2005年 11月 10日
作者のエンデは、児童文学を世に送り出しながら、20世紀という現代資本主義システムへの アンチテーゼを提供し続けた哲学者でもあるようです。

エンデが行った批判言
 未来からの搾取
 子孫の財産の食いつぶし
 必要を超えた投資と 足りるを忘れ果てなく膨らまされた需要
 「もっと利潤を」 < 決して安定することない目標
 学校 < システムの担い手としてのトレーニングセンター
 計量する能力 → やりくり(節約) → 利殖というみせかけの増大
  西暦元年から毎日8時間、働き続けると、2000年には金の延べ棒1本分になります。
  同じ年数、5%複利で1マルクを預金するとどうなるでしょう。何と、太陽4個分もの金塊に。
 鏡の中の鏡 ~意識の迷宮~

 いろいろ・・・

 参) http://www.fsinet.or.jp/~necoco/endekinyuu.htm#one


モモの本を、じっくりと読んでいます。

時間貯蓄組合より派遣された「灰色の男たち」が登場。
彼らは 時間を量り購入(貯蓄と呼んでいる)し、将来に利子をつけて払い戻すという。
それは全て、謀(はかりごと)。
人々に時間の節約をすすめる。
人々から時間を掠め取る。
そのために、灰色の男たちは 目立たないように 記憶に残らないように注意を払う。

時間は いのち の別名なのかも知れない。
 地球の自転の数よりも、太陽を回る公転回数よりも、
 水晶の圧電共振よりも、セシウム原子の振動による計数よりも、
充実感という不確かなものさしで 伸び縮む。


これはエンデの論旨とは、外れるのを承知な思いだが
 時間は いのちは
 重さと 温もりと 明るさと 長さ(高/深)と、
 そう,空間量・運動量と不可分なんだろうな。

 現実の 空間・時間・エネルギー を
 "よく" ,獲得するため 節約するため 管理するため < 見かけ上は効率よく
 中間ロス(管理コスト)だらけに なるのって、必然の流れとすら思える。
 (経済学・組織学にこんな エントロピー増大則はおそらく書いてない。ww)

 時間を,計量し 管理し (見かけ上)上手に運用できるだなんて、幻影かもしれない。
 いのちを 売り買いすることに、馴染めないように。

私たちの多くは時間を売って(タイムカード管理下で仕事をして)、お金を得ている。
けれど、タイムカードがなくても(時には、お金を得られないとしても)仕事をしたいのだと思う。
自分のために。 誰かのために。 < 大げさに言えば 誇りのために

これって,お金のため としか思えないと、つまんないよなぁ。。。

子に残した(かった)こと(ば)
by bucmacoto | 2005-11-10 22:35 | particle