- 北の空からみなみへ -
exblog staff

タグ:nursery ( 36 ) タグの人気記事
死を思う機会 (ガンダム感想文#3)
2009年 08月 30日
生老病死。 これは釈迦の説いた四苦である。 そしてこれは文化や文明が高度になるに従って、安易に扱ったり生々しすぎると禁忌(タブー)とされるようになっていく。 そんな気がしている。

生は、生命体の基本活動(生殖・代謝・自己管理)。 そうなのに、基本中のキホンである生殖行為は、あからさまにしてはいけないというのが文明国のしきたりだ。
老いは、生きとし生ける全てのものに訪れる。 病や事故で寿命を全うできない場合以外は、必ず直面する。 それなのに(だから と言うべきか?)、衰えること枯れ果てていく様子にはあからさまな視線を投げかけては失礼であると見做される。
病もまたしたり。
死に至っては、盛大な祭りとしてパフォーマンスで死の生々しさを中和することが文化的な葬儀であるとされる。 節回しの妙を披露するかのような読経も、現実性と論理性よりも心に落とし処をつくるだけという説法も、(パフォーマンスと思えば)なるほど腑に落ちる。


ごく身近な身の回りに、老いも死も病も隔離されて実感としてわからなくなってしまうというのは、若者の成育環境としてはどうかと思う。

死が身近にある状態は、戦場であり戦争であり疫病の蔓延した状態の場合だ。 もちろんそのような環境が望ましくはない(可能であれば根絶したい)ものであることは論を待たない。
しかしながら、「死」という現象を実感あるものとして捉えることができないで成長することにも、危うさと脆さとを感じてしまう。

人間の生死を軽んじすぎるのも考えものだが、荘厳さに覆い尽くされて実感が伴わないのもまた考えものである。


宗教の原初のかたちは、おとぎ話 ── 神話 ── であろう。 そう思っている。

アニメやSFというのは、原題のおとぎ話であるのかも知れない。

世界のしくみやありようを、わかりやすい物語にして子供たちの心に伝えてゆく。

そういう意味で、宗教と同じ効果を担う面がアニメやSFにはありそうな気もしている。
(星新一氏の文学作品などは、大人の視点で見てもなるほどと思わせる視点がしっかりと埋め込まれていたりするようだ。)


今回は、ガンダム00 セカンドシーズン6話(ファーストシーズンからの通産で21話)の 「傷痕」 での死に際してなされた呟きから引用しよう。
 このガンダム00シリーズの脚本は 黒田洋介 氏です。
 著作権は 毎日放送 / Sunrise にあります。

かのために生まれ、かのために死す。
それを運命というなら、あがらう事かなわず。
見えない道を旅し、行き着く先にあるものは、
命の終焉。
それこそが、神の導き。。。


かつて「ふしぎの海のナディア」 での埋葬シーンを取り上げた > 北の夢想科学小説 : 『Peach Boy Episode2』 の 没ネタバレ

アニメというつくりものの物語の中でのことだけれど、信頼し身近にいてくれているという安心感を実感できる人が死んだときの悲しみは、こういった物語の中でシミュレートされなければ共感や同情にはつながらないように思う。(軽薄な錯覚でわかった気になる てのを覗く)



このガンダム00での登場人物は、心に傷(トラウマ)を有して生きている。

 神に忠実であろうとするために、聖戦に参加するために、実の両親を殺害したせ者。
 (テロリストとしての殉教精神を洗脳的に植えつけられた)

 テロに巻き込まれて両親を失った者。

 戦争の武器として生み出されたデザインベイビー。

 人類を導く存在として人為的に生み出された偽の新人類。

 優秀さのあまり、誤情報による同士討ちで仲間を大量死に導いた者。


実際の歴史を見ると、凄惨な戦いの果てに、同士討ちをしたり仲間を食べたりした史実すら存在するという。
歴史に学ぶことは必要だけれど、歴史を押し付けたり押し着せることには慎重でなくてはならないと思っている。 なぜなら、何が事実で、何が憶測で、何が捏造(妄想)であるのかが、戦争という極限状況の中では見分けられなくなるためだ。 デマが事実に成り代わってしまうことすらあるのだ。
(意図的なものもあれば、偶発的なものもあるにせよ。だ)


複雑で難解なこともある現実の世界を、わかりやすくも実感を伴って展開されているのがよいおとぎ話というものであるなら、この作品はまさしくそういったもののひとつだと思った。
(かなり絶賛したい)


作中で、「直感(本能・反射)と思考との調和」というくだりがある。 < 脳量子波使いのせりふ

思考によって本能を抑圧すること。 それだけが理性という考えには私は同意しないから、そのくだりに込められた思想には共感できる。
互いに独立しながら、互いを認め合う。 波と粒子と両方の性質を保ちながら、互いの性質が決して消えないのが量子(quantum)の振るまいだ。

人間は二面性をもっていたり、二重性をもっていることが普通な存在だけれど、常に矛盾を抱えて生きているものだけれど。。。 それでも相手を自分の映し鏡にして自らを反省したり、自分の中の他人の声を心の糧にしながら迷いに折り合いをつけることができる。

生を考えるに、死を想う。
そして、死の実感を 老いの恐怖を 病の苦痛を抱えながら、今を生きて明日を創る。
そういうテーマがよく練りこまれていることに感心したのでした。



そういえば,このストーリーの主人公 刹那(せつな)の名前に、「せつない = 心に抱くしんみり感 = 慈悲」という連想を禁じえなかった。
もうひとり、沙慈という少年(副主人公?)も、自分が漏らした情報で人々が虐殺されたという罪の意識によって逃避的で傍観的なキャラクターを脱して成長してゆくように描かれている。

空腹は最大のごちそう(*) という面はあるにせよ、その手法をあからさまに利用するような教育手法には絶対に反対したい私です。
(それでは、家畜の飼い慣らし=躾 や 洗脳 と同じやり方にすぎない。)
(*) あるお金持ちがいた。
この世の山海珍味をあらかた食い尽くし、何を食べてもうまいと思えなくなっていた。
そんなときとびきり美味い精進料理を食べられる寺院の話を耳にした。
そのお金持ちはその寺へ出向いたが、住職は金を積まれてもその食事を出すことは出来ないと言う。

「それではどうしたら・・?」

住職の言うには、寺の坊主たちと同じ修行をした者にだけ精進料理を与えることが出来るのだということだった。
そのお金持ちは早速寺に泊まり込み、日の出前に起床し、寺の門前を掃き、本堂の床を拭き清め、兄弟子や住職たちの食事をつくり、全てのお勤めが終わって兄弟子たちがみんな食事を終えて後片付けをすっかり済ませてからやっと念願の精進料理にありついた。

小さな茶碗にほんの少し残った米を湯で増やした雑炊と、梅干と昆布の佃煮とひと握りの豆粒。

その粗末な食を喉に流し入れながら、金持ちは涙を流して感動した。

「こんな美味いものが、この世にあったのか。。。」


空腹は最大のごちそう(おかず)。。。ではあるけれど、それをあまりに振りかざす考え方には同意できないのが私の考えである。

感謝を知るために、罪を押し付けたりするやり方はどこか歪んでいるようにも思えるからだ。

しかし、悲しみや憎しみに身を焼かれるような痛さと焼きつきを感じたことで、他人の痛みや苦しみを本当にわかるという面も確かにある。


そして、それは ── そのような苦しみや悲しみは ── 押し付けてはならない、押し着せてはいけない、けれどもそれを奪い去ってもならない。
そういうものが、愛と憎しみと悲しみと慈しみの陰には、あるのだと想う。

 抱えた荷は、時にはおろして休むことも必要。 < 聖書にこんなのあったな

 傷ついたなら、避難する場所だって要る。 < サンガ(仏教教団の梵語)本来の意味は待避所

抱え込んだ気持ち、それを愛とも呼び、執着とも呼ぶ。
それを奪ったり押し付けるのではなく、そっと相手に任せてあげるられる。
それを自然に出来るようになること。。。

そういうものを私は成長と呼びたい。
死を迎えたときに、こころ静かに受け入れられたなら、それを私は「神の御許へ行く」「成仏」なんて呼んでもいいと想うのだ。

こぼれ話 ~ かの
[PR]
by bucmacoto | 2009-08-30 21:39 | duality
虚夢想
2009年 07月 19日
私はいわゆるガンダム世代と呼ばれる世代よりも少しだけ上である。

ウルトラマンやガメラやヤマトに夢中になった世代だと言えば、わかる人は年代を推測できるだろう。
(拓郎・陽水より少しだけ後、オリビア・ニュ-トンジョンやバイ・シティ・ローラーズ,かぐや姫,キッスの全盛期で辛うじて思春期突入、サザンや聖子や明菜が学生下宿のマージャンでは定番BGMだった。 タモリがテレビ番組の司会を始めた頃でもある。)

ナウシカだって就職して後輩に教わったし、尾崎豊だって同様の時期だった。

なので、このアニメソングはほとんど知らないのですけど。。。なかなかよさげな感じがした。

 中庸が目標 この世で歌うには美しすぎる

設定されているタグ(キーワード)達って、よく知らなかったのですが・・・ふむ
  • 志方あきこ
  • KOKIA
  • みとせのりこ
  • 霜月はるか
  • 河井英里
  • 作業用BGM
  • この世で歌うには美しすぎる
  • 信頼のマイリス率
  • 謳えない丘


信頼のマイリス率 って何ぞ? と思ったら。。。
 信頼のマイリス率とは (シンライノマイリスリツとは) - ニコニコ大百科

かつてセコサの単位として、「Kr. :カラシ」が提唱されたってぇ本があったそうですが、なるほど計量単位ってのは大事ですよね。
 ※1カラシ = 納豆付属のカラシ袋を冷蔵庫で保管するせこさ


かつて樽に差し込んだモノサシで計量していたことに(その大雑把さに)疑問をもったことが、樽の正確な容積を計算する方法を考えるきっかけになったという話がある。

樽の体積の求め方・・・今ではかなり怪しいような気がしますねぇ < 一応は理系職業
 ★雑木話★#762 球の体積・表面積?
  確か、細切り三角形の寄せ集め(丸め込み)で円の面積て習ったのは小学校
  球の表面積と体積を習ったのは、中学校2年の頃だったような気がします。
  そうして高校で微分積分(回転体の体積など)をやったのでしたっけ。。 ^^;

 カリスマ先生の微分・積分 - Google ブックス
  このような本(良書)は図書館に行くといくらでもある。
  web上の情報だけでも、下手な高等教育よりも的確な知識を得られそうにも思う。
  オープンキャンパスというか、現代の寺子屋というのか、原始的なアカデメイアといえるのか、
  そのようなフィールドがあちこちで活発にあるっていうのも、ある種、老齢化国家の理想蔵王なのかもしれないと思ったのでした。


 ※ フラッシュ直貼りですので隠します は削除しました。(表示不良のため)
[PR]
by bucmacoto | 2009-07-19 18:28 | quote/data
美意識という選択
2009年 01月 12日
ココロの構造はフラクタルなものだと思っている。 → 過去記事(この窓)

美意識の機能は、情動(快・不快 / 好き・嫌い)そして理性(整合・不整合)、両面を持つ。
 過去記事(飛びっぱなし) > 一貫性

知性のない心というものに思いを馳せるとイノチという構造が浮かび、心のない知性というものを想像すると ── 古典的な意味で使われていた ── 獣性(野蛮さ)という心象が思い浮かぶ。  



美しい心 とか 日本の心 とかいうスローガンににわかに反応できない(相手の意図が読めない)私だが、昨今(といってもこの20年来の傾向)のリストラや人員整理・派遣労働者の切捨てを心底からの痛みを感じながら行っている経営者はいかほどいるのだろう。
 酔いどれ日記 2008年12月 ← 29日の日記を読んで


醜い部分を隠す化粧は、美の追求だという。
心痛むような傷を癒す行動には、美意識を感じずにはいられないものだ。

敵か味方かでしか判断できない人間や、自分にとって損か得かでしか動けない人間、そして自分と近いか遠いか(家族や仲間なのか他人や他部族なのか)でしか心揺らせない人間というものしかグローバルな資本移動が許される時代の経営者として生き残れないとしたなら、それは少しさびしいと思う。
ただし、むしろ、そのようなグローバル化の中からいずれ名経営者といわれる人間が生まれてくるのかもしれない。

 敵であろうと味方であろうと隔てることなく、傷ついた人間を手当てしたことでナイチンゲールの近代看護の精神は普遍的なものとして広く行き渡ることができた。
 アンリ・デュナンの国際赤十字運動にしてもまた同じだろう。


損得勘定(適者・不適者)でしか進化は進まないのかもしれないが、目立ったり美味しかったりすることで花粉や種を広げるために動物の協力(あるいは動物を利用)を得たことで被子植物たちは繁栄した。

嫌われないために正しいことをするなとは言わないが、美しい振る舞いを見せたり傷だらけの身を癒するために痛みをこらえて微笑むようなヒトを、人間らしい・美しい心のひとだとボクは呼びたい。

pict on evening(夢想流の戯言)
[PR]
by bucmacoto | 2009-01-12 19:09 | duality
縁つづき
2008年 03月 01日
昔むかし、オーディオにはまっていた。 音楽にというよりも、少しでも本物っぽい音を追及することにはまっていたのだと思う。

 北の夢想科学小説 : むかしの曲
 北の夢想科学小説 : 生の音

学生時代に小さなJazz喫茶のバイトをやっていた。 これは音楽に惹かれてではなく、手近なバイト先であったからだ。(週末の飲み屋のバイトと平行して、2年以上続けた)
その店のオーナーが一番好きだと言っていたのがこのアルバム。
Bill Evans Trio - Waltz For Debby
週に3回はターンテーブルに載せ、クリスマスパーティでは必ず回したLPでした。

これに、三連続で接近遭遇してしまった。

 自称ダンディ文豪(自称)の戯(ざ)れ事~通常営業中~ : 皆さんのおかげでした

 世祓い : 寝なきゃ

 そして、二日前に初訪問した単身赴任の職場仲間宅。> 趣味でJazz Piano奏者

ここまで続くと、手元におかなきゃならないでしょう。
(昔の高音質テープは、ADRES録音だし再生不能)
ということで、昨夜もこのCDを子守唄にして眠ったのでした。

Jazz音楽って、眠りを誘導してくれますなぁ。
 ↑ これってクラシック音楽や面倒な書物の睡眠誘発力と、どこか共通するのかなぁ w
[PR]
by bucmacoto | 2008-03-01 16:08 | wave
生と性 神聖視と畏怖心
2008年 02月 17日
いきとし生ける者、すべては他の生命を食し、他の同属と交わりて命をのこす。


のっけから、かびくさく古臭い言い回しをしてみました ^^


どんな人も、人と人の交わり(率直表現では生殖行為)を経てこの世に生まれ落ちるはずですのに、性に関するあからさまな言動は多くの文化でタブー視されています。
性を忌避する心情は、時に潔癖であると称されますし、自己の悟りを目的とする仏教も修行中は女人禁制、神への帰依を求めるキリスト教も修道院の中で性は恥ずべきものとして背徳視されるようです。

神聖なもの。 それは、そっと触れないように、相手を守ろうとするしぐさ。
禁忌(タブー)。 それは、自分を守るために、そうっと行うまわりみち。

なにかそのような関係にあるのでしょう。
その心根にある感情は、畏怖心なのかもしれないと思えます。

畏れる(おそれる): 聖なるものをうやまいかしこまる情動
怖れる(おそれる): 危険や汚いものをこわがり避ける心情

聖なるものは、たからもの。 大切なものは汚れないようにきれいにそっと。
汚いものは、危ないもの。 大切なものから引き離し、隔離して、心の触れない場所へ。

この相反しつつも背中合わせの心情が、畏怖する心のまんなかにあるのでしょうか。
それはまるで愛情と憎しみとが、時に背中合わせになることに似ているのでしょうか。


私の文章は、どうしてもあたまでっかちになりがちだけれど、それは男性脳のなせるわざかもしれません。 人情の機微を表現できる男性小説家もいるものの、平均すると、女性の方が言葉を実体験に即しつつ伝わりやすく美しく紡ぐようです。

なるほどと考えさせられた こちらの記事

  父のイチモツ

生き続けることは、老いてゆくこと。 病(やまい)を越え あるいは抱えながら、死への道のりを受け止めゆくこと。
そうならば、衰えつつも消え去ることのない本能(いのちの中核)というものを、神聖でもなくタブーでもないものとして日常のなかに淡々と溶け込ませゆくことが、年寄りの知恵というものなのだろう。

ちなみに老人の性は、バイアグラ(勃起補助役)の登場以来、タブー視することはかなり減ったようにも思える。
MR(医薬情報担当者)が説明講習で行う、40代で週に回、70代でも月に回、という諸外国データは眉唾にしても(笑)。
※ 日本人の回数は、諸外国に比してとても少ないことは、以前紹介したこちらの記事でもうかがえる。

    Greek, my love...

 ことばの美しさよりも、情景のキモさが勝るとしたら、私の不徳に責があります。
[PR]
by bucmacoto | 2008-02-17 20:45 | particle
河の流れ
2007年 12月 02日
post at 2007.11/02
last edit at 2007.12/03
上流の清流は
寄りあい太くなり
いつしか汚れる

それが大地の川流れ

心の臓の拍動は
分流を重ね微細になり
全身に染み込み
あるいは
ろ過される

それが体内の河流

流れの分岐というものは、乱流を伴いやすい。
そしてその流れが分かれるさまは、なぜだか太い流れに、より強く大きな渦となる。

細い流れは乱れなくとも。

(図を描くはずが、面倒になり省略)

果たして時の流れとは、分流したり合流するものなのだろうか。 などと夢想してみた。



どんなリンクを辿ったのかは忘れたが、社会人夫婦ユニットのサイトで歌声を聴いていた。

 Chiekovsky ~ チエコフスキーのオフィシャルサイト
 ここにある、「河と話した」 を。

アコースティックギター1本での歌声って、なんだか懐かしさとせつなさが同居するものだと思う。

FireFox では聞けなかったので直リンク (4.5MBあります)
[PR]
by bucmacoto | 2007-12-02 19:39 | quote/data
pure, cure, care. (rev. 向回想)
2007年 11月 30日
どうかいつまでも ~ WHITE MEDIAGEphoto by blue_moon_rabbit

まっすぐな瞳で
まっすぐな想い
いつでも包みこむ

まっしろな心に
すみずみ染みる
そんなあなたが大好きでした

時候の挨拶も欠礼を重ねたまま
年月だけが幾星霜も降り積もり
わたしは とうに
あの頃のあなたの年齢を越えました

大人への階段を
のぼり始めた
あの頃


あなたはまだお嫁さんを迎える前で
わたしはまだどんな大人になりたいのかわからずにいて
弱い自分もいつか強いあなたのようになりたくて

いまでは誰も私が弱いだなんて思わないみたいですけれど
本当に苦しい時には必ずあなたを想い出してしまいます

知らないでしょうね
小学校を卒業してから27年過ぎてから
母校のHPをお手伝いした時に
こっそりあなたの今の勤務先を調べてもらいました

ばりばりの熱血教師だったあなたが
養護教諭を担当していることに
最初は驚いたけれど
不思議と腑に落ちるものがありました



白い季節が
今年もやってまいりました

幼かった季節に
今も想い馳せることがあります

まっすぐに立つあなたの姿と
まっすぐに立つ白いツリーと
想い重ねて今年は過ごしてみましょう

おそらくもう退かれる頃でしょう
おそらくもうわたしのことは憶えてはいないかもしれません

いつまでも忘れない
そう思ったわたしは
先生のまっすぐさとやさしさを
いつまでもこころに刻んだまま

ちかちか輝くイルミネーションのように
遠くで居場所を報せる灯台のように
先生の記憶は、私にいつも
初心を呼び起こしてくださいました

真心より感謝を込めて
この思いを、記します

[PR]
by bucmacoto | 2007-11-30 00:23 | wave
卒業を迎えた君へ
2007年 03月 27日
君は三度目の卒業を迎えたね。(まぁ最初のは卒園だったけれど)

卒園の時に、『想い出』 と書かれた画用紙で作ったバックを左脇に抱えた君は、
「想い出が、重いで~」 とふざけて満面の笑みだった。

6年間を終えた卒業では、ずば抜けて小さい君は一番前で目立つのに、退屈そうにしていたね。

3年間を終えた卒業には、私は行けなかった。けれども君の卒業作文はなかなかのものだった。


いつもいつも小言ばかりで、いつだっておこられてばかりで、
やらなきゃいけないと言われても、やらない,
やってはいけないと言われているのに、やってしまう,
やらなくてもいいよと言われたのに、やる。 < これは、父的には仕方がないように思う…(苦笑)

そうやって我慢してるのに、我慢が足りないとなじられて。。


ま,あれこれあるが、おめでとう。

文句だってあるだろうが、親の言葉は間違いだらけの文句だらけだと思うだろうが、
それでも、おめでとう。

入学を控える君へ
[PR]
by bucmacoto | 2007-03-27 22:32 | wave
warm in cold
2007年 01月 08日
ラブ ♪ らぶ

 maple1015 ドガログ投稿より
IEでクッキーへの注意が出た場合、保存せずで再生に問題はありません。
(エキサイトのドガログは peevee.tv でファイル保管されています)

撮影日:07/01/08 18:01
投稿日時:07/01/08 18:05
* ダブルクリックするとエキサイト・ドガログのウインドウが開きます

吹雪の中でも仲良しなのね。。。
ちなみに気象条件はこんな風。。。

画像転載元
衛星画像は LBW : Life&Business Weather Inc
天気図は JMA : 気象庁 | 天気図


昨夜の吹雪 今夜の冷夜
[PR]
by bucmacoto | 2007-01-08 19:50 | wave
にこにこ
2006年 07月 29日
 クリあったー ♪

茶碗蒸しから スプーンに載せて

その子は にこっとした

 もういっこあったー 二個も入ってたよー ♪♪

その子は にこにこっと うれしそう

よかったね おまけもあって うれしいね
[PR]
by bucmacoto | 2006-07-29 19:21 | wave