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タグ:aha♪ / esprit ( 28 ) タグの人気記事
M永チョコボールの当選確率
2008年 06月 13日
私は「~すべき」という表現に強い抵抗を持っていた。
仏教哲学と自称する空間に首を突っ込む羽目になって、数少ない収穫のひとつは、「可き(べき)」という書法を見つけたことだ。
このおかげで、べきアレルギーは軽減した。

『そうか、「やるべきことをやりたまえ」ってのは、
 「やったほうがよいことをやりなさい」 って言うだけのことか ♪』
 ※ 可なり = 半分以上ただしい っていう感覚で理解


ホモ・サピエンス(賢いサル,知恵あるサル)になったヒトは、更にどこに進むのかと考えて、より賢こいヒト(森羅万象を識る)や創造主(全知全能)になるのが望ましいだとか考えると、なるほど、「仏に帰依すべき」 「神に従うべき」 というベキ論も成立するのかも知れない。 < 注:逆さ論理です

ところで、「半分以上ただしい」という推論はどのようにして検証できるのだろうか。
文に証拠を求めるのか。 言に証拠を求めるのか。 (霊的・奇跡・信仰)体験談に錯覚や過誤ではない証拠能力を求めてもよいのだろうか。


私の場合は、神よりもサルに近い存在と自覚しているので、ここはプリミティブにいこう。 量から質が生まれることもあるのだろうから、数学的(算数的?)な数量に限って説を構成することにしたい。

この文を書こうと思ったきっかけ(すべて別窓)
 上記を調べるきっかけの記事 : Everything in Life is Only for Now

そうそう。 生物進化には興味のある私なのに、なぜかカンブリア期の三葉虫や古生代のアンモナイトにはさほど燃えなかった子供でしたね。
最近になってやっと、少し興味がでてはきましたが、少年期にはまるような集中力はもうでなくなりました。
そんでもって、ヒトの進化(絶滅種?)のなれの果てなぞ想像したりして。。
 川崎悟司イラスト集・横山タッコ
 上記の直上ページ:ジュラ紀・海の動物・川崎悟司イラスト集
 上記の親サイト:古世界の住人・川崎悟司イラスト集

 そして、

本文
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by bucmacoto | 2008-06-13 19:55 |   illusion rhapsody
ふっきること vs. うわべ (夢想流)
2008年 04月 06日
吹っ切るということ
 それは 縛りを解くこと
 それは 呪縛や囚縛や束縛からの解放
 それは 温室からの卒業
 そして 見せかけではない蓄積への始まり

ためこむということ
 それは 入るを計り漏れるを制すること
 それは 無くなる前に付け加えること
 それは 残った後から増やそうとすること
 そして 新しい時に新しくないものを遺すこと

警戒と緊張と不安
 それは なにかを守るだろうか
 それは なにかをはねのけるか
 それは 体の中にあって心の外にはない
 そして 飲み込まれてしまえば吹っ切ることも減らすこともできないもの
 そして 呑み込んで消化してしまえば、落ち着くことも捨てることもできるもの


夢想れくちゃ
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by bucmacoto | 2008-04-06 18:26 | duality
三視点
2008年 04月 04日
際限のない自己否定

節操のない自己肯定

どっちもどっち
どっちもりっぱ

虚無に流され自己弁護してるオレよりはね


原典 と 蛇足
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by bucmacoto | 2008-04-04 18:46 | wave
(無題)(夢想)
2008年 02月 13日
もっともらしいうそ

 と 

うそのような本当の話


見分けることは難しいけれど、
おおかみ少年の寓話には、うそを信じ込ませ、本当を笑い飛ばすように、長い時をかけて人々を教育した一人の少年が描かれている。

寓話なんて、いかにもありそうに思える、つくり話のひとつなのだけれど。


   lie

関連あれこれ雑記
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by bucmacoto | 2008-02-13 08:21 | particle
誤読
2008年 01月 23日
昨日の投稿で セロファン と書いてしまったのが、新聞を読みに行った図書館帰り ふと気になった。(セロハンと書いてあるのは良く見たけれど、セロファンでも間違いじゃなかっただろうなぁ。。 と)
 ちゃんと間違いではなくて安心した ⇒ セロファン - Wikipedia
 アメリカではスコッチテープと言ったのね ⇒ 3M|スリーエム製品開発史2

ちっちゃな頃には活字中毒のケがあったのに、我流読みを重ねてきた私は、かなり誤読が多い。
私の誤理解誤記憶字句


ブログを開くと、hitoさんのところに そしてコメントにその手の話題がありました。

 アルコールいぞんしょう? いそんしょう? | エキサイトニュース

実は、ワタクシ・・・え゛~~~? とか思いました。

辞書には、ちゃんと濁りのない音で掲載されているのですねぇ。 ⇒ 依存心


そういえば医学用語って、日常の日本語とは違った読み方が標準となっていることが多いかもしれませんね。

 この字「依存症」は、いぞんしょう って読むほうが普通です < 胃損傷と区別なの?

 「頭蓋骨」は、とうがいこつ って読みますが、IMEでは ずがいこつ でないと変換してくれません。

 「管腔内」は、かんくうない か かんこうない かよく存じません。


そんな私は、10問で 当たっていたのは 3問だけ。。。 ORZ

1位 依存心
2位 間髪をいれず
3位 徒となる
4位 野に下る
5位 幕間
6位 異にする
7位 市井
8位 あり得る
9位 御来迎
10位 河川敷

実は…間違えて音読していたコトバランキング - goo ランキング


あなたは、いかほどでしたか?
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by bucmacoto | 2008-01-23 21:27 | particle
頭の隅にひっかかり
2007年 07月 27日
『緑茶に砂糖をどぼどぼ入れるなんて信じられな~い』

異人さんの振る舞いにそう嬌声を上げていたあの子は抹茶アイスが大好きだ。


『あなたはどうしてすぐに興奮するんだか!』

そう言い放つあの人の目はきょときょとしながら語調の強さで自分こそ真っ直ぐだと叫んだ。


『強制されるのはは嫌だ。 意図を隠した誘導も嫌だ。 強制するの誘導もできることならしたくない 』

そう思い続けた私の悩みは問題に気付きながら向き合えない人に、問題と向き合うきっかけになるには自分がどうしたらよいのかということだ。 < これはほとんど誘導と同義ではないか



正反対を矛盾と断じて切り離すのが知性というものならば、表裏一体を壊さないで結び合わせて生かすのが知恵というものだろうか。

電荷は単極子であって、磁極は双極子であって、それでいながら互いに同じ電磁気力の表れ方がちがうだけなのだと言う。

カミナリ親父とガミガミ母さんとは、いったい正反対なのか。 それとも相補的なのだろうか。
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by bucmacoto | 2007-07-27 23:44 |   pre/pro
知らなかった~~~♪ (無知丸出し)
2007年 04月 23日
ファゴットから、オーボエにパートが変わったという娘と電話で会話していたら、、、

「サクソフォーンて、木管楽器だよ。 ぱぱ知らないの~?!」

ひぇ~~~知りませんでしたわ。
ジャズで吹き鳴らされる、サックスのきらきらした金属喇叭ラッパの曲線美は、トランペットやトロンボーンの仲間にしか思えませんでしたから。。。

娘いわく

「金管はマウスピース。
 木管はリード。 シングルリードなら、クラリネットやサックス。
 ダブルリードなら、オーボエやファゴット。」

だそうですた。。。(呆ぅ

つまりは・・・
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by bucmacoto | 2007-04-23 19:31 | wave
単純化とデジタル化とは良く似た側面があるなぁ
2007年 03月 29日
単純なものの繰り返しを、積み重ねて組み合わせて、コンピュータの論理世界はつくられる。

単純なものの相互作用が、複雑系(システム)としての挙動を示すのは面白い。
(あまり良くない例だけれど)一例
 → 同じPCで同じOSで同じソフトを使っていても ハング具合は異なることがある。

それでもやはりデジタルな造形には、ある種のデジタル臭さが感じられることがある。

それは、不均一さ(多様性)に欠けるからだろう。
もしくは偶然性が自動排除されるから。
そして結果的に蓋然性ばかりが強調されるから。
ロイエルスヴァルトの不可能な三角形」 (1934年発見)
c0062295_711762.gif
 この物理的(=3次元的)にあり得ない図形は、初めてメビウスの輪を知った時の不可解さを私に蘇らせてくれる。 しかしながら、メビウスの輪は現実に矛盾なく存在することのできる図形であるが、左の図はそうではない。

 この不可解な図形についてwebサーフしていたら、なんとこの図案を社のシンボルにしている会社がありました。
 システムダイナミクス理論をかつて崇拝していた私にとって奇遇と言うのか。。。フィードバック理論のノーバート・ウィーナー博士による造語 サイバネティクスから社名をもらった社でありました。
 * サイバネティクス : 最適制御理論をきっかけに、通信工学・制御工学に立脚して、生理学・機械工学・システム工学・生体工学を統一的に扱う学問分野。

 私も人の顔を覚えられない方ですが、このウィナー博士はすごい → 質問31・名前を忘れてしまうんです
世の中、極端な人と言うのはいくらでもいるものです。

メビウスの輪と上のロイエスヴァルト不可解な三角形とは、似て非なるものですが私の脳内では次のような共通点があるのです。 それは 正反対方向に向かってゆく → 表裏一体の位置関係となる、 というものです。
 この二つの図形は、実現可能(実際に存在する)な図と 実現不可能(不可解)な図とを脳はごっちゃに扱いやすいということを示しているような気がします。

 言葉巧みでありながら矛盾満載な人物に特徴的なのは、メタファー(比喩・隠喩)を多用しながら似て非なる論をもっともらしく提供することです。

 ・・・ 一応、自戒(他山の石)ということにしておこう。。。 ^^;

  エクセル上で図案製作中に寝落ちたので、朝の投稿です。(どこか変かも w)


ベンローズの三角形
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by bucmacoto | 2007-03-29 07:59 | wave
/divide/0/
2007年 03月 04日
dream = Øで紹介した、logical magic のこの記事 → 2 gleich 1!?
記事先が消失した時のために書き写し(というか このパズルはかなり古くからある)しておこう。

こちらが問題(まぁ引用です)
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by bucmacoto | 2007-03-04 23:05 |   illusion rhapsody
dream = Ø ...
2007年 03月 04日
集合とは、同じ要素を共有する仲間をひとまとめにしたもの
空集合 or or 0/ ※ フォント環境によっては一部が表示されません。

代用記号(ギリシャ語phi) = Φ / φ

代用記号(北欧アルファベット) = Ø / ø

世の始まりにカオスがあり
始祖たる神としてガイアが産まれ
その神は眠りながらウラヌスを産んだ
ウラヌスはガイアの子であり、同時に夫でもある。
ふたりは地上に 木・花・鳥・獣 を生み出した。
 

こう始まるギリシャ神話の物語。

神話の世界では、対象を擬人化して語られる。
人間として語られながら 人間を超えたもの,すなわち神として話し語られた物語。それが神話。
これが私なりの神話の定義です。

さて先日の オイディプス王 にて触れた、「畑の子が畑に撒かれる種となる」 というのは 人間ではタブーであれども神々や王家(神と見なされる家系)にとってはどうも当然のようです。
 古代の美女として名高いクレオパトラの王家(プトレマイオス王朝)はギリシャ人の家系でありながらエジプト王家であり、親族(弟や息子)との婚姻の伝統があったと伝えられます。 女系支配ではしばしば耳にする形態です。(女系に限らないかも知れません)
 一貫した思想というのは、神話性を帯びるのか フロイトの理論や 実現論 の世界観にもそういった局所循環性が感じられるものです。(私は必ずしもこの形態を嫌ってはいません。むしろ原理に立ち戻る思索姿勢は好き)

 (草花のような)園芸種であれば、突然変異の形質を失わせないために 計画的に新品種の形質(遺伝子)を保つのは当然です。 いきおい近親交配になります。
 家畜であるなら、『血が走る』と評されるサラブレッドのインブリードのように、繁殖力・虚弱・気性難を引き起こすリスクを負っても、「一発ホームラン」的な当たり馬種を求めて種つけられることが事実としてあります。
 かつては野生であったジャッカルが 飼いならされて犬として種を確立したように、昔は山に住み田畑を荒らすイノシシとして存在した種が豚として家畜種になったように、人間の与えた選択圧が新種を生み出すこともありました。 遺伝子交配を重ねるその最初には、(新種の形質が濃い)個体を徹底して使いまわす手法が必要だったことでしょう。
 神話時代の人間の国が成立するさまには、ときどき文化や地域を超えた類似性が存在する気がしますが、このような偉大な王や偉大な神の系譜(血筋)を尊重するという行為は、理性による打算であるのか本能による従属なのか、どちらにせよ興味深い面があります。 (ちなみにこれを、天皇家の血筋とかに絡めたら戦前なら逮捕でしたかね。)

 このような 偉大なる人間(神々の徳性を有す者)の血をひく者 ── 現代生物学的には遺伝子を譲り受けた者 ── を 王の一族・皇族・貴族 として人間を区別する集合となしたのが古代の人々の知恵でした。 それによって社会の人々に階級を与え、その積み重ねによる秩序の様子はわかりやすいものだったのでしょう。 ちなみにひとたび戦いに敗れて勝利した側からの赦しを得ることができなければ、婦女子は全て奴隷にされ男子は一国の全員が処刑されたほどの烈しい力の時代 ── ヘロドトスの記述ではイオニアの反乱討伐においてミレトスがこの目にあった ── の背景は、このような集合(階級)別に社会を積み重ねする構造を容認してでも平和を希求する誘因となったのでしょうか。 < 命あっての者種

 かつてのキリスト教学では、神と獣との間に人間を配したといいます。(細部はともかく 直感的にこうした構造があったとするのは、理に叶った理解方法だと思う)
 集合論のベン図的には、神と獣の交わった領域が人間。。。
ヒト

 神の領域を完全に失った場合 ── 左の領域が空集合(∅ / ∅) ── には、悪魔に魅入られたとか恥知らずの汚名を浴びせられるわけです。 同様に獣の領域を完全に滅し尽した場合 ── 右の領域が空集合(∅ / ∅) ── には、神の世界の住人と見なされる。。。
 この世界観は、近代の人間観でも 理性と獣性の対立として描かれます(シートン動物期を読むとそのパラダイム上で、優劣ない等価のものとして描かれているのが印象的)し、キリスト教から離れた仏教の世界であっても 左を仏(悟ったヒト:覚者)・中央を凡夫(迷える普通の者)・右を悪人(迷った挙句に悪道にまみれた者)と配置すると似たような構造を持っています。
 ※ かなりゴーインな単純化ですが、これしきの言辞は直感的に理解し(その上で)批判できないと時にはカルトの餌食になってしまうことでしょう。(稀かな?)

 ちなみに このベン図では、集合を表示する際に完全に取り込む表記は禁じられている。

このような図はベン図もどきであって、ベン図ではない。
・・・ と ベン図 - Wikipedia を確かめながら書いてみる。

一方で面白いことに。。。(ブラウザによっては表示が乱れるかも・・・?)

同様な記述で右のような表記ではどうだろうか。
当然に入れ子であるから禁じられた記述である。

しかし ふたつ上のベン図の記述を見て、もう一度白抜き範囲を、右の大きいほうの丸と重ねてみてほしい。

どうでしょうか?

全体を部分と考えた場合には禁じられたはずのこの表記が、すでにそもそも最初からなされていたということにはならないでしょうか?


logical paradox < 変な理屈もそれっぽい w
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by bucmacoto | 2007-03-04 20:22 | quote/data