- 北の空からみなみへ -
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タグ:回顧 ( 109 ) タグの人気記事
BGM@GHIBLI
2010年 12月 03日


パソコン通信全盛の頃、アニメやゲームににハマっている状態を 【廃人】 と称したものです。
ふむ・・・今の私にはその気配が濃厚ですかも ^^

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by bucmacoto | 2010-12-03 23:52 | particle
秋燕は帰り往くか
2010年 09月 13日
立秋からひと月と一週間。
3週前の夜半には、オホーツク海から昇るおおきなオリオン座も見られた。
(こういう時には、巨きいとかいておおきいと読んでみたいものだ)

間もなく仕事帰りに夕空を見上げる季節が去り、夜空を見上げる季節になる。
夕空の写真を撮っていたら、数羽のツバメが南の沼目指して夕凪の中を抜けた。
(この地域では、ツバメの姿を見る機会はごく少ないものだ)

ツバメは北で営巣し、南で越冬するという。
家をでて去るという意味では、行くとか往くと表現するのが妥当なのだろう。
(私の感覚としては、夏にやってきて冬に南の島へと帰るかのような印象ではある)

夕空にはクリオネの形をした雲が、ゆっくりと東へ向かって流れていった。
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past days
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by bucmacoto | 2010-09-13 19:39 | wave
阿修羅のごとく(旧作ドラマ)
2010年 08月 14日
NHKオンデマンドで、無料番組とキャンペーン価格(315円→105円)をやっている。

阿修羅のごとくという30年前のドラマを見た。
直木賞も受賞した向田邦子(TBS「時間ですよ」の脚本家)の作品だという。

放映当時の私は、左翼思想かぶれ(ちなみに向田邦子氏が赤旗を読んでいたというのは今回知った)でベトナム戦争でのNHK報道姿勢を嫌悪するタイプのティーンエイジャだった。
(ベトコン・中共 という用語は、あの日あの時 1965年(昭和40年)を見ると沖縄返還当時の「中庸・中立」なる用語だった・・・のか?)
音楽番組を見ることはあっても、NHKのドラマなどはまったく見ていなかったので、今回初めて見たのだった。

同時に、やはり1週間分が無料のちゅらさん風のハルカも見てみた。
無料部分だけのつまみ食い視聴ながら、NHK番組の品質は高いと思えるものだった。

現在は 以前の WindowsMediaVideo形式から、FlashVideo形式へと変更されたので、Macによる視聴が容易なことも私にとっては幸いだった。


ちゅらさんが人間のほのぼのさを描いたものだったとしたら、阿修羅のごとくは人間くさいどろどろさをからりと描いたものだといえよう。

しゅらさん、それはどうやら生命力そのものともいえるようなヒト型本能(畜生型のこころ・ガキ型の際限のなさ・毀誉褒貶に舞い上がり撃沈する天国と地獄の間で迷える生命)を象徴するかのような存在だと思った。

阿修羅
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by bucmacoto | 2010-08-14 19:50 | wave
私にとっての昭和の歌姫
2010年 07月 29日
私の父は中卒だった。それすら戦後のどさくさで、ろくに学校に行かず、学制改革で尋常小学校からいきなりにか中学校卒業だったという。
私の母だって。通信教育で働きながらスクーリングへ通ったのだと聞いた。

高卒すら恥ずかしいという時代になりつつある。
お隣の韓国などは、大学進学率90%が目前で、それでも就職難が存在するために海外留学が盛んだと聞く。

外見的な美醜とか、学問歴ではない学校歴にすぎない学歴とか、免状・証書・ラベル・レッテルに目を奪われないことが、知性であり・潔さであり・慎ましさだった。
そういう時代が、(よい面に視線を向けるなら)私にとっての昭和という時代だった。


北海道マニアックPHOTO2 : 中島みゆき

なつかしいなぁ

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by bucmacoto | 2010-07-29 00:45 | quote/data
2x年越しの初読書
2010年 05月 05日
昭和47年初版というから、邦訳から38年以上を経過した児童書を借りました。

J.R.R.トールキン 指輪物語、これを借りたのです。

SF系は大好き、特にアシモフの作品は十代のころの大好物でした。
また、自分の子供と一緒に、J.K.ローリングのポッターシリーズは一度ならず目を通しました。
ですが、ファンタジーの中で超有名なこの本は、いままでまったく読むことはありませんでした。
(知り合いや友人に、幾度となく推薦されていたのに・・・なぜなのでしょう)

読み始めてみると、邦訳されたのが私が子供のころだからなのか、最初は日本語の表現方法に古臭さを感じたり、見慣れぬ振り仮名に戸惑ったりしました。
思えば、少しでも古い表現だと、子供や若者の頃って敬遠することが多い気がします。
(振り仮名とか、当てる漢字とか、英米発音の読みとか、小さなことで違和感を抱くのです)

そういえば、名作といわれる、R.キャロルの 「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」も、発刊されたばかりの名作全集を読むとぐいぐい引き込まれたのに、図書館にあるちょっとだけいかめしい本だと、ぜんぜん楽しめなかったことに思い至ります。

森鴎外などの、ヴィーンとかヴェニスといった表記も、(原音に従うをよしとする今となっては正しいのに)とっても違和感を感じたのが中学校の教科書の中でした。

そういえば、講義でわからなくて、図書館で偏微分を調べたときに、「函数」(いまは関数)という表記に戸惑って、どうにも理解できなかったことが思い出されます。


 似て非なるもの を、見誤らず混同しないで、
 異なる陰影から同一なもの を、見抜く。

というのが、マンツーマンで教育を受けるときの醍醐味なのでしょう。


ことば、概念、思想・・・それら(いわゆる情報)は、現実そのもの(ざっくりした実在~実存)の影(写像)でしかないのですから、投影像のゆらぎに気をとられないということがいわゆる効率のよい学び方ということになるわけですね。← まちがっても、形式的な知で充填する意味はない
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by bucmacoto | 2010-05-05 21:54 | particle
ひなcake
2010年 03月 03日
ついこの前が節分だという気がするのだが、はや、桃の節句である。啓蟄も近い。

子供の頃、ひなまつりを「桃の節句」というのには違和感があった。
なぜなら、3月の上旬といえば雪融けも近付く気配はあっても、草木の花が咲く気配なんてまったく感じられなかったから。 3月の花といえば、せいぜい、ねこやなぎくらいのものだ。(過去記事

まあ、実のところ、李(すもも)はあっても、桃木なんてほとんど皆無なのが北海道だから、そもそも桃の花のイメージはひな飾りによって形成されたようなもの。

今日は桃の節句を祝って(?)ケーキを作った。 < 便乗ケーキというほうが正しい

クリームは、純生と植物性を1パックずつ。 スポンジサイズは5号(直径約16cm)。 たしか高校卒業時に自分の小遣いで親につくらせたケーキは、8号だったから、かなり一気食いの容量も小振りになったものだと思う。(でもまだ甘党過ぎだろうか)

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今回はバースデイ兼用なので、今夜は半分だけ食した。

作業経過
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by bucmacoto | 2010-03-03 23:56 | wave
500 Internal Server Error @Youtune(?_?;
2010年 02月 16日
YouTube動画にリンクされているURLをクリックしたら、firefoxで 「500 Internal Server Error」と表示され、YouTubeが見られなくなくなってしまいました。

 試しに、IE(Ver6)で見ると見られます。

Firefoxの再起動を試したのですが、直りません。
次に、3.5.0.7だったFirefoxバージョンを、3.6にしてみましたが、直りません。
Windowsからログアウトしてログインしなおしましたが、直りません。
Firefoxのセーフモード起動をしたのですが、やはり直りません。

検索すると、結構あるようす。
firefoxでyoutubeの500 Internal Server Error

cookie 削除前に、もう一度エラー画面を表示させようと思い、Firefoxの検索バーで YouTube動画検索を選んでみました。
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そうしましたら。。。。あれれ?

直ってしまって一件落着 ^^; (これでよいのか?

かつて日本航空が輝いていた頃の冠番組,JetStream
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by bucmacoto | 2010-02-16 22:09
魂 とは 記憶だろうか(ばくまこと夢想)
2010年 02月 02日
以下は、正月に書いていてそれっきり投げ出してあった投稿です。
どうも仕上がりそうにないので、Work List(途中経過)公開としておきます。
write at 2010.01/03
post at 2010.02/02


少年期までは本の虫に近かったのに、その後の読書量は激減したままだ。

今年は帰宅(帰省)できない待機番だったので、先日の記事でついた勢いで、図書館の児童書書架に貸し出されていなかったハリー・ポッター本をふたつ借りた。 第3話「アズカバンの囚人
Harry Potter and the Prisoner of Azkaban
」と第5話「不死鳥の騎士団
Harry Potter and the Order of the Phoenix
」だ。

このシリーズについては書評がたくさんあるので、客観的にも主観的にも追加したいような情報はない。
ただ今回は、7話・3話・5話と連続して読んで脳裏に浮上してきたものを書き留めておこう。


「こころ」とか「いのち」というものを説明しようとすると、その言葉に含まれる豊かさと曖昧さに立ち往生する。
この定義を借り物でない自分の言葉で説明するのは、かなり厄介だ。


ざっくりと考えるに、こころとは、いのちに付随する活動だろう。

精神活動は、心の働いている機能そのものであり、機械(これは生命体ではないが、模擬的な生命活動のモデルとなる)の上に心の機能の一部(情報処理、わけても記録=記憶)を実現したものとしてコンピュータがある。


いのち(生命活動)とは、一般化すると、次の三機能を併せ持っていることが条件だろう。
  1. 自己複製(子孫繁栄)
  2. 自己維持(同化・異化・自己形成・アポトーシス=予めプログラミングされた細胞死)
  3. 自己管理(免疫=非自己の排除、恒常性維持=フィードバック)

こうして並べると、生命(いのち)の三機能のうち、自己管理の範疇に入るものを こころ として位置づけることも可能な気がする。


ハリー・ポッターの作者である J.K.Rowlingが、実際にそのような意図で書いたものかどうかは不明だが、「魂」と「心」の関係にも似通った構造がある。(命のないものに心があるとは見做されないし、心という前提がなければ魂という言葉は収まりが悪い)

言葉というものがなかたっとしても、心は存在することができる。
魂というものがないとしても、心は存在するらしい。(作中にそう記されている)

波のように掴みどころのない こころ。
機械で処理が可能なほど、明確な形を残せる ことば。
万物をモノとコトに二分したなら(両方合わせて『物事』)、言葉はモノに近い位置にあり、心はコトに近いのだと思う。

そうして、魂というものは、心の成長 ── 弱く未熟な魂が明確になっていく(これは同義反復) ── に伴ってしっかりと形成されてゆく。 この関係は、魂≒記憶 と置き換えてみると、私のような者には理解がたやすい。
(脳は、心の機能をなす実体。脳での情報処理は、情報の「類型化(パターン分類)・記憶との照合・記憶内容の更新または棄却」を経て返される一連の流れの経路だと、そう私は見做している。)

されば・・・(飛躍した直感なんだけど)、魂というのは記憶だと仮に置いてみても、かなりの文脈で一貫性が保たれるような気がした。

実はこのことは、ハリー・ポッター第2巻「秘密の部屋
Harry Potter and the Chamber of Secrets
」の中で、「トム・リドルの日記」が分霊箱(魂を分割したカケラの保管箱=これがあると死からの帰還が可能となる。作中では。)として扱われていたのを思いだして、より確からしい感じがしたのである。
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by bucmacoto | 2010-02-02 22:24 | duality
一週遅れの正月休暇
2010年 01月 13日
12/23出勤日の代休を半日だけ土曜に充当し、9~11日の3連休を取得した。
世間様に遅れること1週間で、遅まきながらの正月を自宅でくつろいだ。
(12月下旬~1月8日までの間で職場にゆかなかったのは12/28日の1日だけ。 もっとも、元日は職員食堂へ食事に行っただけなのだが 笑)

せっかくのレンタカー帰宅だったので、スキーを持参した。 ちょうど横浜在住の実弟が2週間の休暇で一級に挑戦していた。(先月末に2級をとり、11日に1級合格だった。同日、同期間に来札していた小学生の娘も二級合格)
私のほうは20年以上前に2級を滑って(それもシュテムターンだけのミスで涙)しまいそれっきりなので、兄弟中、私だけが認定なしとなってしまった ^o^;

FFのレンタカーということで登坂能力がばいこともあり、私は近場のスキー場へ。
当初は藻岩山を目指したが満車のため、Ban.K(ばんけい)へ。 ここでも満車寸前に滑り込み駐車だった。 スキー人口が激減しているとはいえ、連休ともなると、土曜日の正午でも混み始めるみたいだ。

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写真のコースはスラロームバーン。 > コース詳細(リンク先案内で拡大表示となっているのはPDF)

スクールの生徒が多いものの、リフト待ち時間は最長でも10分程度。
ロートル化してきた私でも、一気に降りてこられる短距離コースなので、怪我の心配も少ない。
一番東側のイーストAコースは、空いてはいるものの圧雪車整備されていないコースなので、コブ斜面となっておりとても一気には下りられなかった。 (身長150cm未満のちびっ子達がスムーズに滑り降りていたので驚いた ── すでに子供の級は終わって大人の2級も取得して1級を練習中のクラスだったと聞いて納得)

若さだけで滑っていた昔を振り返ると、富良野(北の峰)のフリコ沢とか、テイネハイランドのロープーウエイ下のコースとか、よくぞ下手くそなのにしょっちゅう行っていたものだと自分達の無謀さに感心した。 ひたすら滑るのが楽しかった頃だったから、怖さや恐れの感覚がなかったのだろう。

そういえば、中学2年の正月から、毎年毎年スキー場での年越しをしていたのだったっけ。
友達と3人組みのことが多かった。
国鉄(現JR)と路線バスを乗り継いで、1kmくらいはタクシー代をケチってスキーと靴と荷物を担いで歩いたものだった。

そういや普通の日のことだが、始発の汽車に間に合うようにと、友人の新聞配達の手伝いをしてから駅に急いだこともあったっけ。

あの頃は貧しいから、より一層スキーが楽しかったのかもしれないなぁ。

遅れ正月生活
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by bucmacoto | 2010-01-13 22:02 | wave
DH?
2010年 01月 07日
DHAといえば・・・化粧品や健康食品のイメージだろうか。

それともドコサヘキサエン酸(docosahexaenoic acid)のイメージだろうか。

私はブラインドタッチを覚えたのが25歳を過ぎていたので、早い方とはいえない。
入力スピードは、特打ち という名のゲーム上での話で、最高でも二級程度が上限だった。
(私はローマ字打ちだ。 昔に知っているSEさんは、キータッチが少ないからと、かな入力している猛者がいた。)

入力する際に結構入力しにくいのが、ディスクとかティーカップのような単語で、「でぃ」「てぃ」の入力をする場合に、D-E-X-I とか T-E-L-I のような入力だ。
ところが、今日 Linuxアプリが返す カナ-ローマ字変換文字列で、ディーンという名が 「DHI-N」となっていたのを発見した。
あれ?っと思って、WindowsXPのメモ帳への入力で確かめてみると、IMEでも 「DHI」→「ディ」というローマ字入力が可能なことに気付いた。

どうやら、
DHA → デャ
DHI → ディ
DHU → デュ
DHE → デェ
DHO → デョ
といった入力変換が可能らしい。

これは、T で始めると、「てゃ・てぃ・てゅ・てぇ・てょ」 となる。
Cで始まる、「ちゃ・ち・ちゅ・ちぇ・ちょ 」とよく似た入力方法といえるかも知れない。


一応は、フリップフロップ回路(基本的なロジック回路)から習った身なのではあるが、このような基本的な応用は知らなかったのでした。
(まぁ、小さな 「ぁ・ぃ・ぅ・ぇ・ぉ・っ・ゃ・ゅ・ょ を、xaでもlaでも良いというATOK方式も、当初は本式ではないような扱いだったっけ。。。)



ふと思い出した。 JustSystemの 一太郎開発エピソードは こちら にある。
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by bucmacoto | 2010-01-07 00:28 | particle