- 北の空からみなみへ -
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ケータイ壊れ
2011年 11月 17日
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二日連続の雪の朝
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# by bucmacoto | 2011-11-17 08:04
さぼり気味日記
2011年 07月 18日
日記というより、月報・・・いやそれも通り越して記事なしの月すら生まれてきたこのブログ。
テレビはアナログ(昔のPCテレビ)のまま、室内ではネット主体だった日常も4月11日にテニスの壁打ちを始めてからはすっかりネットで見るのも天気予報と動画くらいになってブログ巡回もしていない日々が過ぎています。

壁打ち開始の最大の動機であった血液検査(献血や職員検診)の高脂血症はまだ改善してないかもしれないのですが、体重は6〜7Kgの減少となりました。朝や夕の壁打ち、週末のテニス参加、特に日曜と半休日の午後テニスでは4リットルくらいの水分補給卯をする程度まで汗を流しています。
・・・え〜と、それでもまだ、この街に赴任した時の体重よりも10Kg増な体重な訳ですが(笑)
元・学生下宿だった大盛り食事のままで、おのこしなしを貫きつつ、間食・夜食も楽しみつつ、しっかり体重コントロール(おそらく脂肪肝)を改善するにはこれくらい動いてやっとなのでしょう。

テニス経験は、30年以上前、学生時代の下宿仲間に教わって以来、遊びでゲームをやってはいたもののしっかりした指導を集中的に受けたのは今回の四月が初めてでした。
イースタン(ほとんどコンチネンタルに近い)だったグリップを、先月についにウエスタンに変更していまやっとグリップになれた所です。先週からバックハンドの隠れグリップチェンジ(参考にしたのはこちら)をやりはじめて、ようやくフォアとバックのスタイルを決めたというところ。まだまだこれからしっかり練習したいと思っています。

学生時代は体育館で数回、就職後は喫茶室隣接のコートや山中湖などのペンションテニスで10回くらい、北海道に戻ってからはほんの数回の経験しかなかった私でもグリップの変更にはかなり違和感を感じながらやっとこさ慣れることができました。
・・変更直後は、壁打ちすらまともにできなくなってしまいましたから ^^;
フォームを代えるとすっかり間隔って狂うらしく、5月にテイクバックを大きめに変えた時もすっかり打てなくなったものです。(ものすごく打球がぶれた)

まあ、元がへったっぴだから思い切った打ち方の変更ができたのかもしれませんけど(笑)


そんな感じでいて、季節の写真とか撮ってもUPしないままに全て季節が過ぎてしまいました。
6月の上旬で咲き始めたライラックもルピナス、6月後半に咲いた藤の花も、どちらも紫の花で紫づくしの記事でも書こうと思っていたまま気付いたら7月も後半です ^^;
もうラベンダーが咲いちゃっています。

月遅れの花の記録写真
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# by bucmacoto | 2011-07-18 08:32 | wave
女子サッカー FIFA WC優勝♪
2011年 07月 18日
久しぶりの連休、そしてなでしこジャパンのFIFA決勝中継、テニス仲間から誘われたこともあって観戦会をリアルタイムで観た。

3:20起きながら、たっぷり楽しめました。
何点取られてもおかしくないような出だしから、取られたら追いついて延長もまた追いついて、2-2で迎えたPK戦を制して見事に優勝!チャンピオン!!
わずか11人での小さな観戦会ながら、楽しく過ごして戻ったところです ^^
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# by bucmacoto | 2011-07-18 06:51 | particle
Spring in the air, Snow on the hill.
2011年 05月 23日
3月19日には、自転車を雪中から掘り出し、春分の日以前から乗り回していた。
今年の雪解けは非常に早かった。4月上旬には裏道もほとんど路面上の雪が消えていた。

おたくモード(情報の入力過剰・出力過小状態)が継続していて、没交渉な気分なので、4月の更新記事はないままになってしまった。

スキーゲレンデには今シーズンは赴任後最多の10回行った。前半は3日サイクルだったが、途中から膝痛になって一週間程度の間隔になってしまった。
血液検査結果で血中コレステロールが基準超えてることもあり、体重を減らすことを考え始めた。

市役所に電話で問い合わせたが、学校開放の運動サークルの受付は3月で終了して、次回は9月に申し込むように言われた。そこで一人でできるテニスの壁打ちを考えた。
4月11日から、下宿から2.3km(自転車で15分)の公園にテニスの壁打ちできるところがあると職場の同僚から教わり、早朝や夕方に通いだした。1on1コート兼、サッカー練習場兼、テニスコート兼用という場所なため、休日はほとんど中高生が使っている。したがって早朝こそ打てるが夕方は子供たちが帰宅してから暗くなるまでの少しの時間した打つことはできない。
それでも、1時間も打つと、らくらくホンの万歩計(他より30〜50%少なく計測される)でも2〜3千歩にはなる。
その壁打ち中、犬連れ散歩の御婦人に教わり、テニス協会の存在を知った。
試しに室内施設でやっているところへ参加してみると、私のようなビギナーでも熱心に指導して打たせてくれることが判明、入会した。(私がテニスを最初にしたのは27年前に、同じ下宿だったテニスサークル副部長に習ったのだが、遊びのゲームしたくらいのもの)

4月中にエゾムラサキツツジやクロッカスは咲いていたものの、GW中はほとんどみぞれや雪まじりと寒かったので、コブシや桜の開花は5/11日だった。

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17日には満開を迎えた。
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5/23日の朝は、再び裏山が薄らと雪に覆われた。
5月になって5度目ほどの名残雪だ。
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# by bucmacoto | 2011-05-23 08:17 | particle
放射線防護の基礎
2011年 03月 28日
昨夏の終盤 ── 夜半をしばらく過ぎるとオリオンが東の水平線から昇る頃 ── 8月も暮れる頃に、なんだか緩み気分というか投げやり気分が優位となって、過剰入力・過小出力状態に陥っている。
情報入出力も接種栄養も、どちらもだ。

情報は、処理されてこそ生きる = 適切な情報処理があってこそ、理解され生かされる

ところが情報を操作する人が介在すると、有用な情報はガラクタに埋もれ、適切な警鐘が大袈裟と言われ、さほどでもない事柄が情動をてこに喧伝されることがある。

情報操作はいけない、適切な処理は必要。

それはしごく当然なこと。
そしてその当たり前のことを、忘れたり、忘れさせたり、という性向をもつ人間が直近の上司などにいるととても消耗するものだ。


さて、放射線の基礎知識はここしばらくの報道量の増加で、ほとんど常識に近いまで断片的な知識は普及したようにも思える。
と、同時に、あまり理解してないままに伝達(報道)していると感じられることもある。

今回の福島第一原子力発電所事故では、地震の二日目だったか、燃料棒由来のものに対し放射性物質という語を用いているのに対し、ちょっと 「ぉぃぉぃ(むかっ)」 っとしたのを憶えている。
原子炉周囲では通常の健全な運転であっても、核燃料が完全に封入されたままであっても、二次的な放射能というのは発生する。それは、中性子によって周辺のあらゆる物質(冷却用の配管や冷却水にいたるまで)わずかに放射化 ── 安定な同位体が 放射線を出すタイプの同位体に変化すること ── するからだ。
そのような二次的な放射性物質と、核燃料由来の物質とを混同させる表現に思えたから、眉間のしわが増えたのだ。 > 核燃料由来の物質(ストロンチウムや放射性ヨードなどは、核分裂生成物)が観測された時点で、少なくともセラミック状に焼き固められた燃料棒の一部は、燃料棒を覆う被覆管の外に漏出していたと考えるのが普通だろう

原子爆弾による被爆国であり、核アレルギーといってもよい心理も存在することに配慮は必要だとしても、核分裂生成物が検出されていながらそれをかなり広い意味をもつ「放射性物質」という言葉で表現するというのはいかがなものかと思ったのだ。(まあ、わかる人にはわかるからそれでいいということなんだろうが・・・)


かつて、日本初の原子力船として開発された「むつ」は、反対運動のさなかに外洋実験を強行し、「放射線漏れ」事故を起こして最終的に実用的な航海をすることができぬままに船の寿命を終えた。
このとき、母港に寄港することすら拒否する運動が繰り広げられ、「放射線の悪影響」「風評被害」を理由に、漁民の懸念をマスコミは大量に報じたものだった。

 放射線が漏れた → その漏洩した線束部分に鉛を貼りましするなりして対策完了

本来はこの程度で充分のものだったろう。
それが放射線と放射能を混同したかのような報道をされて、あの原子力船は配船となった。
まるで、「あつものに懲りてなますを吹く」を地でいったもののように。


放射線 と 放射能とは違うということは中高生でも物理の興味が高い子であればわかると思う。
放射線というのは、一般に「あとくされがない」ものだ。(ただし中性子線は除いてだ)
放射能というのは、放射線を出す物質のことだ。(放射性物質・放射性同位元素と広くは同義)

放射線という言葉は、電離放射線(iionization radiation)を短縮した言葉と思っていい。

イオン(電離)を生じる能力のある、電磁波・粒子束をそう呼ぶ。

電磁波は、波長の長い(=周波数の低い)ものは電波と呼ばれ、人間の目に見える帯域は光(可視光)と呼ばれ、それを超える短い波長(高い周波数ほど高エネルギー)は紫外線〜エックス線・ガンマ線と呼ばれる。すべておなじく光の仲間だが、
 波長が長いほどにすり抜ける性質が目立つ = 波の性質
 波長が短いほどに衝突したり弾きとばす性質となる = 粒子の性質
というのが大まかな性質だ。

波長が長いと通信に使われ電波と呼ばれ、波長が可視光ほど短くないとマイクロ波とか遠赤外線とか呼ばれ、見えないほど短波長だと紫外線とかエックス線と呼ばれるようになるわけです。

エックス線とガンマ線との違いをさっくり書いとくと、軌道電子(原子核の周りを巡る電子)の運動変化やエネルギー準位の遷移はエックス線、原子核のエネルギーを直接放出した電磁波だとガンマ線と呼ぶ < 細かく書くときりがないからこんなもんで ^^;

さて、イオンを作る(物質を電離する)能力があるということで、電離放射線という名前なのですが、電磁波(エックス線・ガンマ線)の他に粒子線といえるものがあります。
 電子が飛び出して来ると、ベータ線
 中性子2個+陽子2個がスクラムしたヘリウム原子核が出て来ると、アルファ線
 中性子が単独で法l出されると、中性子線
  ↑これは厳密には直接的な電離作用がないものの・・・透過性が強くてかなり厄介な性質がある

これらは書き連ねると長くなるからとりあえず割愛しよう。^^;


さて、実は粒子線の中で、ベータ線はアルミ箔で遮蔽できる。透過力はそれほど低い。
そして、アルファ線に至っては、紙切れだけで遮蔽できるほど透過力がない。
接触するとか、吸引するとか、体内に取り込むと大変だが、そうでない限りはちゃんと除染(洗ったり脱衣する)さえすれば、いたずらに恐れる必要はないものともいえる。ただし、線量計がないと見えないために不安を拭えないのが困りものではある。


放射線を出す物質を放射能と呼び、放射線源と呼ぶが、放射能から身を守る三原則は
 ・距離をとる = 1mmと1mとでは、受ける線量は百万分の1になる。
 ・暴露時間を短く = 短間と線量は比例するから
 ・適切な遮蔽体を用いる
ことなのだが、病院で使われる診断用エックス線のような低いエネルギーと違って、高エネルギーなガンマ線では鉛入り防護エプロンなどは意味がない場合が多い。< むしろ皮膚の被爆線量が増加することも考えられる (調べたい人は、ビルドアップ効果 などのキーワードで調べてください)

あ、下宿の風呂の門限が近いので、とりあえずここまでとしよう。

あとは、これらのキーワードをwikipediaで調べたりすると正確なことは理解しやすい・・・かも(笑
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# by bucmacoto | 2011-03-28 22:35 | particle
記録
2011年 03月 13日
M9.0(平成23東北地震)が金曜の14:46頃に発生した。

金曜朝に、細君の祖母が逝去した。レンタカーを手配したが、夕方にそのレンタカー代金を支払った直後に、列席するにあたわず旨の連絡があった。
土曜の休暇取得した後でもあり、乗らないままキャンセルして1日分を支払うのもくやしいので片道150kmの旭川へドライブして献血してきた。

献血は今回で39回目、健康診断代用の採血結果を貰えるのと捨血(私の血液は濃すぎる=ヘマトクリットやヘモグロビンが高値)代用でもある。

昨年5月の健康診断で初めてGPT値が高く(飲酒でなく脂肪肝が原因)、加えてコレステロールが高値となった。
9月の献血による結果も悪かった。
 7年前の値とその時の値での変化した値を比較すると、
 ALT(GPT): 16 → 47
 γ-GTP : 30 → 93
 コレステロール : 199 → 230

7年前に単身赴任して7ヶ月間で、14kgの体重増加をしていた。
ところがその体重のままでぴったり安定した体重を維持するようになっていた。

そこで食事療法・運動療法を試す前に。どこまで変化(悪化?)するものなのかを試そう、つまり自分の身体で人体実験を試みた。始めたのは8月下旬からだった。
毎日、大量の(元)学生下宿の夕食を完食、さらにその後で菓子や夜食を追加投入してみた。
・・・なのに体重は全く変動しなかった。

変化が表れたのは、年が明けてスキーを3日おきくらいで通い始めた時だった。
みるみる体重の上限値を更新し始めてびっくりした。(結局、2.5kgくらい過去最高を超えた)
適度な運動ってやつは、筋肉を刺激するから、食事制限しない限り体重増加につながるものという実感だった。

今回の献血結果は最悪値を更新するはずだ。
今後は食事療法+運動療法で、脂肪肝(内蔵脂肪過多)の改善に向けて半年くらい変化を追いかけてみようと思っている。

昨年は、灯油代金5百円ほどで一冬を越えた。湯たんぽ抱えて布団にくるまる日々だった。
今年は、12/23に風邪をひいてしまい数回はストーブで部屋を温めたものの1月下旬以降は灯油使用料ゼロで推移した。
自分の頭髪も、自分で切ってしまうことに慣れてきた。

ふむ・・・節約ヲタクな生活も、被災者の過酷さを見るにつけ、幸福なものだと思える程度だ。
(なんといっても、布団の中はぬくぬくで、食い物はいつもたっぷりで、カウチポテトな生活だ)


子供の頃に、街火災で自分が避難した経験を思い返し、心細い夜と被災風景を目にする昼とが少しでも早く過ぎ去ってくれることを祈ります。
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# by bucmacoto | 2011-03-13 21:13 | particle
今シーズン9回目、2週間ぶりのスキー
2011年 02月 19日
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4時間券を買うのは3回目。
流氷は沖合の数百メートルに
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# by bucmacoto | 2011-02-19 13:35
正月明けの夜明け前
2011年 01月 04日
  軽き雪降り積む深夜コンビニに集いし七猫ひとびと招く


3年ぶりの自宅の年越し後、下宿に戻って足りない年賀状をコンビニに調達しにいった。
マイナス4℃の風のない雪が舞い降る中、小柄な猫たちがコンビにから漏れる暖気に惹かれてだろう、
何匹も集まっていた。

願わくば、自動車のエンジンルームの暖気に誘い込まれて、朝の始動でミンチにならないでほしい。
そう思った。
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# by bucmacoto | 2011-01-04 03:37 | wave
冬本番
2010年 12月 16日
昨日の出勤時は、雪を踏みしめる音が ぎゅ という乾いた音になっていました。

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昨夜の図書館帰りには、顔がイタ寒いと感じました。
氷点下8度くらいだったようです。

夜中に湯たんぽを布団から転げ落ちていたためか、寒さに眼覚めました。
5時少し前の時計表示でした。

寒いはずです。アメダスによると5時の気温は、-13℃だったようです。


でも、窓を少し開けて出勤するのでした。 < 洗濯物の湿気苦し♪
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# by bucmacoto | 2010-12-16 08:09 | wave
湿り雪
2010年 12月 07日
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まだ、北海道らしい乾いた雪にはなっていない。
電線も樹木も雪にまとわられてる。
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# by bucmacoto | 2010-12-07 08:37
BGM@GHIBLI
2010年 12月 03日


パソコン通信全盛の頃、アニメやゲームににハマっている状態を 【廃人】 と称したものです。
ふむ・・・今の私にはその気配が濃厚ですかも ^^

more
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# by bucmacoto | 2010-12-03 23:52 | particle
雪世界
2010年 11月 29日
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今シーズン、初めてのちゃんとした雪です
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# by bucmacoto | 2010-11-29 07:47
続・秋・・といえば
2010年 10月 24日
読書と食欲というのがこの季節の定番となる。
退勤時間は日没後なので、書に親しむのに格好の季節。そして、冬の寒さに向けて体脂肪を蓄積しようというほとんど遺伝的な本能に従い食欲も増す。

秋・・といえば に書いた本の後、トルストイの「戦争と平和」、さらにダーウィンの「種の起原」を借りてきた。のであるが、今回は全く読み進まないうちに日経サイエンスの9月号が借りられたのでますます読めずにいる。
ま、それはいわば言い訳で、PCでアニメ見たりするような時間の使い方をしているのが進まない理由だ。

思えば活字中毒だった小学生時代だって、気にいったものばかり読んだものだった。
いわば娯楽として読むからまったく楽しいだけで、繰り返して読めたのだ。
巌窟王(モンテ・クリスト伯)や三銃士(どちらもデュマ)や三国志、ああ無情(レ・ミゼラブル)、小公子や小公女、短編ならモーパッサンやグリム童話やアンデルセン童話そしてSFみたいなポピュラーなものが大好きだった。日本だと南総里見八犬伝が繰り返し読んだと記憶にある。
この活字中毒的な読書法は、小学校高学年になって、本多勝一のルポルタージュや世界を揺るがした十日間みたいな路線に走ってから激減した。
畑正憲(ムツゴロウシリーズ)以外は、A.アシモフのファウンデーションシリーズにはまった程度のものだった。

さて、アンナ・カレーニナも戦争と平和も、物語中では貴族という世界が透けて見えている。
貴族というと、先に書いた三銃士の記述くらいのものしか知らないが、どうやらロシア貴族の場合はフランス語が社交界の公用語だったらしい。
いわば貴族階級だけで意思疎通ができ、使用人には意味不明という、暗号じみた使い方をすることもできたようだ。

そういえば、マルクス・アウレリウス・アントニウス(自省録の著者で古代ローマ五賢帝の最後、哲人皇帝とも)は、ローマ人としての誇りを棟に抱きながらその日記とも呼ぶべき著書はギリシャ語で書かれていた。
このブログの関連記事
こうして振り返ってみると、ローマ帝国興亡史がひな形となって、アシモフのファウンデーションシリーズが書かれ、さらに今回楽しんだ星界の紋章・断章・戦旗のアニメシリーズにつながっている気もしてくる。

ちなみに、ロボットという語の語源となったチャペックの戯曲 RUR(ロッサム万能ロボット会社)は大好きで小学校〜中学校の頃に繰り返し読んだ。
 カレル・チャペック Karel Capek 大久保ゆう訳 RURーーロッサム世界ロボット製作所 R.U.R.(Rossum's Universal Robots)
けれども、ロボット三原則で有名なアシモフのロボットシリーズは、ほとんど読んではおらず手塚治虫や松本零士のマンガやアニメ作品から間接的に知っているくらいのものだ。

そういした原典となる書籍を再び読み直そうと考えるならば、老後の暇つぶし時間は決して多すぎることはないのかもしれない。それどころか、老眼鏡越しに読むのに時間がかかるようになってきたことを合わせ思うと。本て読むよりお手軽な映像作品を見てしまうことに流されてしまいそうな気もし始めている。(苦笑)


私の一番好きな回
MEGAVIDEO - 化物語 12話
シリーズ完結話
MEGAVIDEO - 化物語 15話(最終話)

エンディングテーマ曲はこちら


同じ曲の別PV


追記@2010.12/29(マウスオーバーで表示)


そういえば、高校時代は天文部に在籍していたんだっけ < 完全なユーレイ部員だったが ^^;

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# by bucmacoto | 2010-10-24 23:27 | quote/data