- 北の空からみなみへ -
exblog staff

<< 超常現象と科学の間 エキブロURL備忘録 >>
生と性 神聖視と畏怖心
2008年 02月 17日
いきとし生ける者、すべては他の生命を食し、他の同属と交わりて命をのこす。


のっけから、かびくさく古臭い言い回しをしてみました ^^


どんな人も、人と人の交わり(率直表現では生殖行為)を経てこの世に生まれ落ちるはずですのに、性に関するあからさまな言動は多くの文化でタブー視されています。
性を忌避する心情は、時に潔癖であると称されますし、自己の悟りを目的とする仏教も修行中は女人禁制、神への帰依を求めるキリスト教も修道院の中で性は恥ずべきものとして背徳視されるようです。

神聖なもの。 それは、そっと触れないように、相手を守ろうとするしぐさ。
禁忌(タブー)。 それは、自分を守るために、そうっと行うまわりみち。

なにかそのような関係にあるのでしょう。
その心根にある感情は、畏怖心なのかもしれないと思えます。

畏れる(おそれる): 聖なるものをうやまいかしこまる情動
怖れる(おそれる): 危険や汚いものをこわがり避ける心情

聖なるものは、たからもの。 大切なものは汚れないようにきれいにそっと。
汚いものは、危ないもの。 大切なものから引き離し、隔離して、心の触れない場所へ。

この相反しつつも背中合わせの心情が、畏怖する心のまんなかにあるのでしょうか。
それはまるで愛情と憎しみとが、時に背中合わせになることに似ているのでしょうか。


私の文章は、どうしてもあたまでっかちになりがちだけれど、それは男性脳のなせるわざかもしれません。 人情の機微を表現できる男性小説家もいるものの、平均すると、女性の方が言葉を実体験に即しつつ伝わりやすく美しく紡ぐようです。

なるほどと考えさせられた こちらの記事

  父のイチモツ

生き続けることは、老いてゆくこと。 病(やまい)を越え あるいは抱えながら、死への道のりを受け止めゆくこと。
そうならば、衰えつつも消え去ることのない本能(いのちの中核)というものを、神聖でもなくタブーでもないものとして日常のなかに淡々と溶け込ませゆくことが、年寄りの知恵というものなのだろう。

ちなみに老人の性は、バイアグラ(勃起補助役)の登場以来、タブー視することはかなり減ったようにも思える。
MR(医薬情報担当者)が説明講習で行う、40代で週に回、70代でも月に回、という諸外国データは眉唾にしても(笑)。
※ 日本人の回数は、諸外国に比してとても少ないことは、以前紹介したこちらの記事でもうかがえる。

    Greek, my love...

 ことばの美しさよりも、情景のキモさが勝るとしたら、私の不徳に責があります。
[PR]
by bucmacoto | 2008-02-17 20:45 | particle
<< 超常現象と科学の間 エキブロURL備忘録 >>
<< 超常現象と科学の間 エキブロURL備忘録 >>