- 北の空からみなみへ -
exblog staff

<< Broken Mirrors:... sensitive retin... >>
Mirrors in the Mind (ISSN 0917-009X 引用文)
2001年 07月 03日
(ISSN 0917-009X) 2007年2月号より備忘録として記録
この記事は転記であり、著作権は日経サイエンス社に存在します。 記事の誤入力・誤変換があり得ますし画像色調などは不完全です。 より正確な記事をご覧になりたい場合は、デジタルアーカイブ(PDFのダウンロード購入)もしくはバックナンバーの購入や閲覧をご利用ください。
write and post at 2007.04/03
last edit at 2007.04/08

特集
ミラーニューロンと自閉症

他人を写す脳の鏡
c0062295_452266.jpg
他者の行為を写す鏡他の誰かの行為を見ているだけで,見ている人の脳内でも同じ行為を制御する神経回路が活性化する。 この鏡のようなメカニズムによって同じ行為を心の中で経験できるため,観察者は相手が何をしているかを直感的に理解できる。
Mirrors in the Mind

私たちの脳には周囲で起こる出来事を映し出す特殊な細胞があるらしい
このミラーニューロンは,他者の行動を推測したり,意図をくみ取ったり皿には相手への教官や学習にも関与しているようだ


G.リゾラッテイ/L.フォガッシ/V.ガレーゼ(いずれもパルマ大学)

 ジョンがメアリーを見ている。 彼女は花を持っている。 ジョンにはメアリーが何をしているのかがわかる。 花を摘んでいるのだ。 また,その理由もわかっている。 メアリーがジョンに向って微笑みかけたので,自分に花をプレゼントしてくれるのだろうと彼は推測する──。 ほんの数秒で終わる単純な場面だが,ジョンは何が起きているのかをほとんど瞬時に理解している。 だが彼は,メアリーの行為や意図をなぜそんなに簡単に,そして正確に理解したのだろうか。
 10年前には,人間が他者の行為や特にその意図までを理解できるのは,論理的な問題を解くようにして,すばやく推論しているからだと考えられていた。 ジョンの脳にある精巧な認知システムが五感から取り込まれた情報を細かく処理し,記憶の中に蓄えられているに多様な経験と比較する。 こうしてジョンはメアリーが何のために,何をしようとしているのかを理解できるという考えた。
 相手の行動が理解しにくいような場合は,このように複雑な推論を経ているが,ふつうの単純な行為については私たちはすばやく簡単に理解できる。 だからもっと単純な仕組みがあるはずだと考えられた。 1990年代にイタリアにあるパルマ大学の私たちの研究グループ[当時はファデガ(Luciano Gadiga)も在籍していた]はちょっとした偶然から,サルの脳にある風変わりなニューロンにその答えがあることを発見した。 このニューロンは果物をつかむといった単純で目標施行をするときに活動するのだが,驚くべき点は,同じ行為を行うほかのサルを観察しているときにもこのニューロンが活動することだ。 この新発見のニューロンは他者の行為を観察者の脳内に直接映し出しているように見えることから,これを「ミラーニュ-ロン」と名付けた(編集部注:このタイプのニューロン群を総称してミラーニューロンと表記している)。
 記憶は脳の中のニューロンが形成する回路に蓄えられていると考えられている。 これと同様に,ミラーニューロンのセットが特定の行為をコードしているらしい。 行為を表すこうした"ひな型"があるからこそ,何も考え時に基本的な行為を実行できるだけでなく,他者の行為をあれこれ推論しなくても理解できるのだろう。 ジョンがメアリーの行為を理解できるのは,目の前で起きていることがジョンの脳の中でも実際に起きているからだ。
 興味深いことに,かつて現象論の流れを汲む哲学者達は,何かを本当に理解するには自分の心でそれを経験しなければならないと考えていた。 この概念を裏付けるミラーニューロンシステムという物理的根拠が発見されたことで,人間が物事を理解する方法に関する神経科学的な考えは大きく変化することとなった。
脳の中の鏡
  • ヒトやサルの脳には特定の行為を行っているときに反応するニューロンが存在する。 しかも,このニューロンは他者が同じ行為を行っているのを観察している時にも反応する。
  • この「ミラーニューロン」の働きにより観察者は脳内で直接同じ体験をするため,他者の行為や意図,感情などを理解できる。
  • ミラーニューロンは他者の行動を模倣する能力や,ひいては学習能力の基本となっている可能性がある。 ミラーメカニズムは,さまざまな形でのコミュニケーションや人間関係を助ける橋渡し役を担っているのかもしれない。

ミラーニューロンの発見

 ミラーニューロンを発見したときの私たちは,物事の理解に関する哲学的な見解の根拠や反証を探していたわけではなかった。 当時私たちは,ある特定の行為を実行するときのニューロンの活動パターンを調べていた。 特に,脳の運動皮質のF5と呼ばれる領域を研究していた。 F5野は手や口の動きと関係があることが知られている。 私たちは,マカクザルをさまざまな情況におきながら,個々のニューロンの活動を記録した。 その結果,オモチャや餌をつかむといった特定の行為を行うとき,それぞれの行為に対応するように異なるニュートン群が活動するのを観察できた。
 そのうち,私たちは奇妙なことに気がついた。 スタッフの1人が餌をつかむと,自分で餌をつかんだときと同じようにサルのニューロンが活動したのだ。 当初私たちは,この現象がつまらない要因によるものかもしれないと考えた。 例えばサルが人間の行為を観察しているときに同じような行為をしていたのに,私たちが気づかなかっただけかもしれない。 そこで,餌に対するサルの期待など,影響しうるすべての要因を排除してみた。 その結果,行為を観察している時に見られるニューロンの活動は,その行為を行っているのが誰であるかは関係なく,行為そのものを反映していることがわかった。
 遺伝子やタンパク質,一群の細胞などの機能を知りたいときには,その遺伝子などを欠損した個体を作り,健康や行動などにどのような影響があるかを調べるのが,最も直接的で一般的な方法だ。 だがこの方法をミラーニューロンの機能解明に使うことはできなかった。 ミラーニューロンは運動全野や頭頂葉皮質など,脳の両側にある重要な領域に広がっていたからだ。 サルのミラーニューロンシステムを完全に破壊すると,一般的な認知能力が幅広く損なわれ,破壊した細胞の能力を特定するのは不可能になってしまう。
 そこで私たちは別の方法をとることにした。 ミラーニューロンは行為を視覚的に記録するだけでなく,その行為の意味を理解する上で何らかの役割を果たしている可能性がある。 もしそうならば,ミラーニューロンの活動状態は視覚的な特徴よりも行為の意味の力を反映するはずだ。 そこで,サルが行為を実際に見なくてもその意味を理解できるような2種類の状況を作ってニューロンの反応を測定した。

視覚以外の情報でも

 まず,F5野のミラーニューロンが行為を音だけで認識できるかどうかを調べた。 紙を裂く,ピーナツの殻を割るなど,独特の音を伴う手の行為をサルに観察させ,そのときのミラーニューロンの活動を記録した。 次に音だけを聞かせてみた。 その結果,実際に行為を観察している時に反応したミラーニューロンの多くは,その音を聞くだけでも反応することがわかった。 そこでこれらを「視聴覚ミラーニューロン」と名付けた。
 次に私たちは,行為をイメージできるようなヒントを十分に与えれば,実際に見ていなくてもミラーニューロンは活動するはずだと考えた。 そこでまずサルに,実験者が手を伸ばして食べ物をつかむところを見せた。 次に,サルの前に仕切りを置いて,食べ物をつかむところをサルに見えないようにした。 サルは仕切りの向こうで起きていることを想像するしかないのに,F5野のミラーニューロンの半数以上が活動した。
 これらの実験から,ミラーニューロンの活動が行為の理解を支えていることが確認できた。 聴覚や想像など視覚以外の情報に基づいて好意を認識する場合にも,ミラーニューロンはやはり活動し,行為の意味を伝えているのだ。
 ヒトにもミラーニューロンシステムは存在するのだろうか。 サルの場合には脳に電極を刺して確認できるが,ヒトではこの方法はもちろん使えない。 私たちは運動皮質の活動を検出するさまざまな技術を使って実験し,ヒトにもミラーニューロンが存在するという強力な証拠を得た。
 例えば,物をつかむ,あるいは意味のない手振りをスタッフがしているところを被験者に観察させると,被験者の手や腕の筋肉では,同じ行為にかかわる神経の活動が増加した。 これは脳の運動や二ミラーニューロンが存在し,これが反応していることを示している。 さらに,脳波を測定するなど別の方法で皮質の活動を外部から測定した場合にも,ミラーニューロンシステムの存在を支持する結果が得られた。 だがここまでの実験では,他者の行為を観察している特に活性化する脳の領域を正確に突き止められていない。 そこで,脳の様子を直接画像化する技術を用いてこの問題を調べることにした。
 この実験はミラノのサンラファエル病院で行われた。 ハンドグリッパーを握る行為を観察しているときの被験者の脳の神経活動を陽電子放射断層撮影装置(PET)を利用してとらえ,動かない物体を見ているときと比較した。 その結果,他者の行為を見ると,脳皮質の3つの大きな領域が活性化することが明らかになった。 上側頭溝(STS)と下頭頂小葉(IPL),下前頭回(IFG)だ。 STSには体の一部分の動きを観察している時に反応するニューロンが含まれる。 IPLはサルのIPLに相当する領域だ。 そしてIFGは,私たちがサルのミラーニューロンを発見したF5野を含む腹側運動前野に相当する。
 これらの結果からヒトの脳でもミラーニューロンシステムが働いていることが示されたが,その機能の全貌についてはわからなかった。 例えば,観察した行為をすぐに理解できるのが,ミラーニューロンによってそれを直接経験するからだとすれば,その行為の目標も理解を左右するはずだ。 ミラーニューロンは行為の最終的な目標をどのくらい"理解"しているのだろうか。

脳に写し出された現実の世界

c0062295_11285382.jpg
 著者たちはサルを使った実験で,脳の運動野(右)に特赦なニューロンを発見した。 このニューロンの活性化は行為そのものを表しているらしい。 この「ミラーニューロン」が活動することによって,他者の行動を自分の中で認識できるのかもしれない。 このニューロンが運動の目標を理解したうえで反応していることから,ミラーメカニズムは行為の理解のためにあると筆者らは考えた。 「物をつかむ」という同じ行為でも,意図の違いによってミラーニューロンは異なる反応を示したことから,このニューロンが実行者の最終的な意図を理解するのにもかかわっていることが判明した。
c0062295_11335048.jpg
行為の理解
サルが皿の上のほしぶどうをつかむと,運動前野の手と口の動作にかかわっているF5野という領域が顕著に活性化した(1)。 このニューロンは,実験スタッフが干し舞踏をつかむのを去るか観察している時にも強く反応した(2)。

行為の目標の識別
c0062295_1134512.jpg
実験スタッフが手を動かして物をつかむのをサルに観察させた時はF5野のミラーニューロンが強く活動した(1)。だが何の物体もない場合は手を動かしても反応は見られなかった(2)。 仕切り(図では反対側が見えるように描いているが実際には見えない)の向こうに物体があることを知っている場合,行為の完了するところを見なくても同じニューロンが目標のある行為として反応した(3)。 仕切りの向こうに何もないことを知っている場合,ニューロンの反応は小さかった(4)。
意図の違いの識別
c0062295_11372228.jpg
サルが口に運ぶために果物をつかんだ時,下頭頂小葉のニューロンが強く活動した(1)。 容器へ移すために果物をつかんだ時には,このニューロンの反応は小さかった(2)。 実験者が果物をつかんで口に入れるのをサルが見ている時,同じミラーニューロンが強く反応したが(3),容器へ移す行為を見ているときの反応は小さかった(4) いずれの場合も,つかむ行為に伴ってこの反応が起きていたことから,ニューロンの初期段階の活性化には行為の最終的な意図がコードされていることが示された。





SOURCE : "GRASPING THE INTENTIONS OF OTHERS WITH ONE'S OWN MIRROR NEURON SYSTEM,"
BY M.IACOBONI ET AL., IN PLoS BIOLOGY,VOL.3,NO.3,2005,LUCY READING-IKKANDA(graph illustration)

意図を理解する

 他者の意図を理解することは人間の社会的行為の基本だ。 意図に対する知識を調べた実験から,この能力はミラーニューロンのおかげであるように思われた。 被験者にただカップをつかむだけの2通りの手の動き(下の写真左段)と,行為した行為を伴わない2種類の情況(写真中段)を見せた。 お茶の準備が整っている情況では,カップをつかむ行為の意図は「飲む」で,お茶が終わった後では「片付け」であることを暗示している。 被験者の脳の両半球にある運動前野のミラーニューロンは,はっきりとした意図がある行為の映像に対して最も強く活性化した。 またミラーニューロンは意図の違いを識別しており,文化的に獲得した「片付け」という行動より,生物としての基本的な機能である「飲む」に強く反応した(右下のグラフ)
c0062295_1425086.jpg

c0062295_14292535.jpg

c0062295_14295874.jpg


行為の目的まで識別するミラーニューロン

 冒頭に紹介したジョンとメアリーの例を考えてみよう。 ジョンはメアリーが花を摘んでいることも,それを彼に渡そうと思っていることも理解していると書いた。 メアリーの微笑みは彼女の意図を理解するための状況的な手がかりだ。 この場合,ジョンに花を贈ることで,メアリーのさまざまな動きが行為として完成される。 つまりジョンにとって,メアリーの最終的な目標(彼に花を贈る)を知ることは,彼女の行為(花を摘む,微笑むなど)の理解に欠かせないのだ。
 私たちは実際に行動する時,複数の運動を連続して行っている。 その際,どんな運動をどの順番で行うかは,その行為の意図によって異なる。 例えば,花を摘んでそれを顔に近づけて匂いを嗅ぐという一連の動きと,花を摘んで他の人に手渡すという動きは部分的に違う。 このようによく似ているが目標の異なる行為をミラーニューロンは区別しているのだろうか。 区別しているのなら,他者の行為の意図を理解する助けになっている可能性がある。
 そこで再びサルでの実験に戻り,目標は異なるがよく似た行為をサルにさせ,頭頂葉のニューロンの活動を測定してみた。 ある実験では,餌をつかんで自分の口に運ぶという課題をサルに与えた。 次に同じ餌をつかんで容器に入れさせた。 興味深いことに,最終的な目標が異なると,同じつかむ行為でもニューロンの活動の強さが異なることがわかった。 このことから,体の動きを制御する運動系システムを構成するニューロンは,行為の特定の意図をコードしていることが示された。 次に,このメカニズムが他者の意図を理解するのにかかわっているかどうかを検討した。
 サルが行ったのと同じ2つのを今度は実験者が行ってそれをサルに見せ,サルが餌をつかむときに活性化したニューロンがミラーニューロンとして活動する様子を調べた(21ページの囲み)。 実験者が食べ物を口に運ぶか容器に入れるかによって,サルのミラーニューロンは異なる活性化パターンを示した。 そしてその活動パターンは,サル自身がその行為を以前に行ったときのパターンと正確に一致していた。 つまり,餌をつかんで容器に入れたときより口に持っていく時に最も強く活動したミラーニューロンは,その行為を行う実験者をサルが観察している時にも同じように活動した。
 これらの実験から,複数の運動を組み合わせて意図的な行為を行うための運動系システムと,他者の意図を理解する能力の間には,密接なつながりがあると考えられた。 特定の情況で行われる行為をサルが観察したとき,初めの動きを見ただけで,一連の動きの組み合わせに対応するミラーニューロンが活性化する。 このミラーニューロンが運動系システムを構成し,行為の特定の意図もコードしている。 初期の行為を観察しているときにどのシステムが活性化するのかはさまざまで,対象となる物体の性質や情況,実験者が以前にどんな行為を行ったかというサルの記憶などによって変わった。
 他者の意図を読み取るための同じようなメカニズムが人にも存在するかどうか調べようと,私たちはカリフォルニア大学ロサンゼルス校のイアコボーニ(Marco Iacoboni)らと共同研究をした。 ここでは参加者に3種類のビデオ映像を見てもらい,その時の脳の活動の様子を機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)で調べた。 最初のビデオでは背景に何もない場所で,カップを2通りの方法でつかむ手の動きを見せた。 次のビデオでは皿やスプーンなどを配置した2つの映像を見せた。 片方の映像ではお茶の用意が整っているかのように食器が配置されており,もう1つの映像では飲み終わった後の片付いていない状態に配置されている。 最後のビデオではこの2つの異なる状況の中でカップをつかむ手の動きを見せた(左ページの囲み参照)。
 カップをつかむ行為は,お茶の準備が整っている情況では飲むためのものであり,お茶が終わった情況では片付けるためであることを暗示している。 私たちはこの実験で人のミラーニューロンが2つの行為を識別できるかどうかを明らかにしようと考えた。 その結果,ミラーニューロンシステムは行為を識別できるだけでなく,その行為に含まれている意図的な要素に強く反応することも明らかになった。 被験者が手の動きを観察している時のミラーニューロンの活性化パターンは,「飲む」または「片付ける」という情況によって異なっていた。 さらに,このような特定の意図の伴う行為を観察しているときには,カップをつかむ手だけ,あるいは並べられた食器だけを見ているときに比べて強く活性化したのだ。
 人やサルが社会的な動物であることを考えれば,ミラーニューロンを基本とするメカニズムは生存競争の場で優位に働くことは容易に想像できる。 個々の基本的な動作を意味的な関連性をもつより大きなネットワークの中に位置付けることで,複雑な認知機構を経由せずに他者の行動を直接勝つ迅速に理解できるからだ。 だが社会生活では他者の感情を理解することも同じくらいに重要だ。 実際,感情は行動の意図を伝える重要な要素となることが多い。 私達や他の研究グループが,ミラーシステムを介して他者の行動だけでなく感情も理解できるのかどうかを調べているのもそのためだ。

REPRINTED WITH PERMISSION FROM ELSEVIER:"BOTH OF US DISGUSTED IN MY INSULA," BY GIACOMO RIZZOLATTI ET AL., IN NEURON, VOL.40, PAGES 655-664;2003(man expressing disgust) AND
"A UNIFYING VIEW OF THE BASIS OF SOCIAL COGNITION," BY GIACOMO RIZZOLATTI ET AL., IN TRENDS IN COGNITIVE SCIENCES, VOL.8, PAGES 396-403;2004 (brain)

感情を映し出す鏡

c0062295_1581625.jpg
 悪臭に対して嫌悪感を覚えたときと,他の人が匂いを嗅いで嫌悪の表情を示したビデオ(左)を見たときには,脳のほぼ同じ部分が活性化する。 右に示した脳断面画像では嫌悪感を自分で経験した時に活性化したニューロン群を赤線で囲い,他者の嫌悪の表情を見ることで活性化した部分は黄色で囲ってある(青線は測定範囲を,緑線は以前の実験で測定した部位を示す)。 共感は人間が他者の感情を理解するのに役立っているが,自分の経験と他者の経験の観察とで同じニューロン群が反応することが,共感を支える身体的,神経的メカニズムになっていると考えられる。

共感と学習

 人間が他者の感情を理解する方法は,他者の行動を理解する時と同様1つではないはずだ。 ある感情を感じている他人を見る,その知覚情報が脳の中で認知的に精緻化されて,その人が何を感じているか,論理的判断にたどり着くのだろう。 だが一方では,その近く情報が運動野で直接変換され,観察者にもその感情が生じるのかもしれない。 感情を理解するこのふたつの方法は大きく異なっている。 最初の方法では観察者はその感情を論理的に推測するが,自ら感じることはない。 2つ目の方法ではミラーメカニズムによって観察者も同じ感情を覚えるため,その認識は直接的だ。 「君の痛みを感じるよ」という表現で理解と共感を示すことがあるが,この表現は文字通りの真実を突いているのかもしれない。 本当に痛みを "感じて" いるのかもしれないのだ。
 典型的な例として嫌悪感があげられる。 嫌悪を示すという基本的な反応には,仲間の生存や繁殖を助けるという重要な意味がある。 最も原始的な形は,まずいものなどを食べたりしたときに示される嫌悪感だ。 これらの対象は危険なことが多いが,それを仲間に知らせることになる。
 私たちはフランスの神経過学者とともに,fMRIを用いて嫌悪感の共感に関する実験を行った。 その結果,嫌な匂いをかいで嫌悪感を感じたときと,他者の顔に浮かんだ嫌悪の表情を目撃したときには,脳の前島と呼ばれる部位の全く同じ場所が活性化することがわかった(下の囲み)。 前島内のミラーニューロンが,被験者自身がある感情を経験したときと,同じ感情を表す他者の表情を観察した時の両方で活性化することを示している。 言い換えれば観察者と被観察者の両方が同じ神経機構を持っているために,患者の感情を直接体験したかのように理解することができるのだ。
 ロンドン大学ユニバーシティカレッジのシンガー(Tania Singer)らは,痛みに関しても同じような共感現象が見られることを発見した。 この実験では被験者の手に電極を取り付けて電気ショックによる痛みを与えた。 次に被験者のパートナーの手に取り付けられた電極を見せた後で,電気ショックを与える時の合図を見せた。 どちらの場合も被験者の全島と前帯状皮質の同じ領域が活性化した。
 これらのデータを総合すると,知覚情報が運動系の応答に脳の中で直接変換されるため,人間は(少なくとも強い負の)感情を理解できる可能性が示された。 またこの時,内臓運動反応を引き起こす全島という脳部位が関与していることもわかった。
 ミラーメカニズムは感情の理解にかかわっているが,もちろんこれだけで社会的な認知能力を完全に説明できるわけではない。 だが,対人関係は複雑な社会的行動の基本であり,その対人関係のために機能する神経回路の基礎が初めて見つかったのだ。 この回路があるからこそ,私たちは他者に共感できるのだろう。 ミラーシステムの機能異常は,自閉症の子供に見られるようなきょうかんのうりょくのけつじょにかかわっているかのうせいもある(V.S.ラマチャンドラン/L.M.オパーマン「自閉症の原因に迫る」28ページ参照)
 ミラーニューロンに関するこうした疑問は,学問的な面白さだけでなく治療へと応用できる可能性もあることから,現在も盛んに研究されている。 ある行為をすると,その経験が行為のひな型として脳のミラーニューロンに残るのなら,脳卒中の後遺症などで見られる運動障害も,損傷を受けなかった行為のひな型を強化することで,論理的には軽減できるはずだ。 実際に最近の結果から,新しい技能を習い始めるときにはミラーメカニズムが役に立っていることもわかっている。
 類人猿をしのぐこの模倣能力は,ミラーニューロンシステムをもとに進化したものだろうか。 おそらくそうだ。 それを示す初の証拠をイアコボーニらが見出した。 指の動きを見たり真似したりしている被験者の脳をfMRIで観察したところ,どちらの行為でもミラーニューロンシステムの一部である下前頭回が活性化したのだ。 さらに,何かの目的で指を動かす場合,下前頭回の活動は特に顕著になった。
 だがこれらの実験で用いられた動きは,単純なものかよく慣れたものに限られていた。 全く新しい複雑な行為を模倣によって覚えようとするとき,ミラーニューロンはどのような役割を果たしているのだろうか。 この疑問を解くために,最近パルマ大学のブッチーノ(Giovanni Buccino)とドイツの共同研究者らは,被験者がプロのギタリストの演奏を観察している時と,その後それらのギターのコードを自分で練習している時の脳の活動の様子をfMRIで観察した。
 ギタリストを観察している時には頭頂葉や前頭葉のミラーーニューロンが活性化した。 ギターコードを真似して弾いている時は同じ領域がさらに強く活性化した。 興味深いことに,観察後に設けた休憩時間にギターコードを思い返して復習しているときは,脳の他の領域も活性化した。 前頭前野の46野として知られる領域で,運動計画や作業記憶(計算や学習などの課題を行うときに情報を一時保存し処理する記憶)とかかわっている。 つまり,被験者が真似しようとしている行為はいくつもの基本的な動きから成り立っているが,それらを正しく組み合わせるためにこの46夜が中心的な役割を果たしていると考えられる。
 模倣という行為にはさまざまな側面があり,長いあいだ神経科学者を混乱させてきた。 なかでも,受け取った視覚情報を脳がどのように変換し,同様の動きを自分の体で再現できるようにしているのかという点は基本的な謎だ。 もしミラーニューロンがこの過程での橋渡しをしているなら,ミラーニューロンの役割は他者の行動や意図,感情に対する理解をもたらすだけでなく,高度な認知スキルと観察によって学習する上での重要な能力として進化してきたのかもしれない。
 ミラーニューロンシステムが霊長類に特有なのか,他の動物にも存在するのかはわかっていない。 現在私たちはラットにもミラーニューロンと同じ反応があるかどうかを調べている。 こうした脳の中の鏡のような働きは最近になって進化した可能性もある。 だからこそヒトの方がミラーニューロンシステムの規模が大きいのだろう。 だが,人でもサルでも生まれたばかりの時にすでに,舌を突き出すといった単純なジェスチャーを真似できる。 観察した行為のひな型を脳内に作る能力は生まれつきのものなのだろう。 自閉症では他人の感情を自己に反映させる能力が欠けていつという特徴があるようだ。 私たちは自閉症の子供に,ミラーニューロンシステムの機能不全の特徴を示すような運動障害がないか調べている。
 私たちがミラーニューロンに関する最初の論文を発表してからまだ10年しか経っておらず,多くの疑問が残っている。 例えば人類の最も複雑な認知スキルである言語能力に対してミラーシステムはどのような役割を担っているのだろうか, ミラーニューロンが見つかった下前頭回には,言語能力の中枢とされるブローカ野が含まれている。 人間のコミュニケーションは表情や身振り手振りから始まったという説があるが,それが本当ならば,ミラーニューロンは言語の発達に重要な役割を果たしてきたはずだ。
 実際,ミラーシステム二よって等価性と直接的理解という,コミュニケーションに関する2つの基本的な問題が解明された, 等価性とは,メッセージの意味が送信者と受信者の双方にとって同じでなくてはならないということだ。 直接的理解とは,互いに理解するために事前にサインなどを決めておかなくてもよいことを意味する。 互いを理解するための神経機構が生まれつき備わっているからだ。 言葉を馬路あわさなくてもジョンとメアリーが心を通わせたり,人間がさまざまな形で他者とのコミュニケーションをごく普通に行うことができるのは,脳の中の鏡のおかげなのだろう。(翻訳協力:千葉啓恵)

監修 佐藤弥(さとう・わたる)
京都大学霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門助教授。 専門は社会認知神経科学で,表情コミュニケーションについて研究している。
著者 Giacomo Rizzolatti / Lenardo Fogassi / Vittorio Gallese
3人はともにイタリアのパルマ大学の研究者。 リゾラッティは神経科学科長であり,フォガッシとガレーゼは准教授。 彼らは1990年代初めにサルやヒトの脳の運動系に鏡のような性質を持つニューロンが存在することを初めて明かにした。 それ以来サルとヒトのミラーニューロンおよび,一般的な認知能力における運動系の特性や役割についての研究を続けている。 欧米の研究グループとの共同研究も多い。 現在では,ヒトやその他の動物におけるミラーニューロンシステムの範囲や機能についても研究を行っている。

原題名
Mirrors in the Mind
(SCIENTIFIC AMERICAN November 2006)

もっと知るには・・・
ACTION RECONGENITION IN THE PREMOTOR CORTEX,Vittorio Gallese, Luciano Fdiga,Leonardo Fogassi and Giacomo Rizzolatti in Brain,Vol.119,No.2,pages 593-609,April 1996.
A UNIFYIG VIEW OF THE BASIS OF SOCIAL COGNITION. V.Gallese, C.Keysers and G.Rizzolatti in Trends in Cognitive Sciences, Vol.8,pages396-403;2004.
GRASPING THE INTENTIONS OF OTHERS WITH ONE'S Own MIRROR NEURON SYSTEM.
 Marco Iacoboni et al. in PLoS Biology, Vol.3, Issue 3, pages 529-535; March 2005
PARIENTAL LOBE: FROM ACTION ORGANIZATION TO INTENTION UNDERSTANDDING.
 Leonardo Fogassi et al. in Science, Vol.302, pages 662-667,April 29,2005

[PR]
by bucmacoto | 2001-07-03 02:02 | quote/data
<< Broken Mirrors:... sensitive retin... >>
<< Broken Mirrors:... sensitive retin... >>